エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

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神楽が来れば、春はもうすぐなのす。
 ―海辺の死者と生者の通い路を今日も神楽衆は廻ります。

なぜ、普通は神社に奉納する神楽が、門打ちをするのか?なぜ、廻る場所が津波常襲地域なのか?
鵜住居の神楽宿・檀那場で見て、その歴史的価値を改めて実感しました。
「廻り神楽』3月に東京・大阪・盛岡三都市での凱旋上映が決定! 

岩手県宮古市に根拠地をもつ黒森神楽は、江戸の初期から340年以上、三陸海岸の久慈・釜石間150㎞を巡り続けて来た。 正月になると神楽衆は、黒森山の神霊を宿した権現様と旅に出る。民家を一夜の宿として、神楽を演じ、亡き人には神楽念仏を唱える。繰り返し繰り返し津波が襲って来たこの地で、神楽衆は何百年ものあいだ、自然と人間を取り結ぶ役目を果たしてきた。 ザシキワラシやオシラサマ、神々や精霊が今も息づく豊かな三陸の海辺を巡る神楽衆。その通い路に「海の遠野物語」が紡がれる。被災から6年後の人々の願いを描くドキュメンタリー。遠藤協と大澤未来の共同監督による劇場初公開作品。


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あの明石市長の泉さん、「子ども食堂おじさん」となった湯浅誠さん、それから、村木厚子さんそしてさかなクンが、明石市の行っていた先進的な子ども支援事業を柱に語ります。


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テレビを長時間観ることがあって
ニュース番組の特集や大阪人の気質を取り上げる番組で
「買い物難民」「ネット難民」「プロ野球難民」(←正確でないかもしれません)「鉄道難民」
と一日に4度も「〇〇難民」という言葉を耳にしました。

難民と呼ばれる方々に対して、何か偉そうなことを言えるほどの行動をしているわけではないですが
〇〇難民 と 難民という言葉を未だに容易に使っていることへの違和感。
この時の後半の言葉は、元NHKのアナウンサーが述べていて
このアナウンサーはとても好きな方だけに、原稿とはいえ、その方の声でその言葉を耳にしたのは
残念でした。

〇〇難民、、、 最も強く違和感を抱いたのが
ソフトバンクの「Wi-Fi難民」というコピー。
CMでは、ギガ国で何かを求めて さまよう 様子の大勢の人々が「演出」されていました。
そして最後に「Wi-Fi難民」という文字が映し出されるという最近のCMです。

新聞などの紙媒体でも、買い物難民などの言葉を目にすることもありますが
難民として追いつめられる方々、難民問題が起こる その根源を考え想像力を働かせば
ソフトバンクのようなCMは、企画段階で違和感を感じる人がいても良いと思うんですが
そして出来上がったあの映像を見て、これ 良いのか? と違和感を感じる人がいても良いと思います。

日本は国も 市民も 難民問題には厳しい感情を持ち 厳しい施策を放置しています。
またリアリティが薄いこともあって、〇〇難民 と容易に使い 違和感を抱かないのかもしれませんが
大規模な自然災害が毎年発生している現実を思い、弱者に厳しい現政権を思うと
決して他人事ではないはず。

言葉の問題に対して
別にそこまで  や  面倒くさい という風潮もありますが
人は言葉一つで 自殺に追い込まれ 命を奪われます。
殴られる暴力よりも むしろ 言い放つ方は軽い気持ちでも
その人にとって 夜も寝られないほどの 言葉に傷つき
自死に至る人を大勢接してきただけに
言葉には とても敏感になります。
もちろん自戒 自省を怠らずに。


お父ちゃんとの別れから10日ほど
お母ちゃんの今のデイサービスに行けるようになってから
初めて休みが合ったので、見学させていただくことにしました。

その日の朝は要介護認定の再調査があり
ケアマネさんと一緒に調査を実施。
終了後にデイサービスのお迎えがあり
お母ちゃんは嬉しそうに向かいました。
このデイサービスさんに出会うまで、本当に大変でしたが
今のデイサービスはお母ちゃんの居場所になっています。

デイでは、家でうまくいかない食事介助や排泄などのヒントになればと思い見学させていただきましたが
お母ちゃんは、白髪でお父ちゃんによく似た方を、お父ちゃんと思って
常にその方ばかり気にかけて、ちょっかいかけてます。
その方が気持ちよく寝てはっても、お母ちゃんは起こしに行ったり
風船バレーでも、その方ばかりめがけて風船を飛ばします。
デイのスタッフさんも、同じ認識で、お母ちゃんは幸せだなぁとつくづく感じました。

そうこうしている時に弟から電話があり
インフルエンザにかかったとのこと。
そのまま家にお母ちゃんを帰すと罹患の可能性もあり
私の家に連れてきていただくことになりました。
お母ちゃんがデイの車で私の家に着いた時から
ちょっと足元がふらつくなあと思ってましたが
部屋に入って様子をみていると
少し熱がある感じでした。

しかし、同時に私も重ダルな気分。
少し横になって休み、気がついたら、夜も深まってました。
お母ちゃんの様子をみると熱があがっているようで
でも自分も熱が確実にあがっている感覚。
ふらふらのまま、汚れたリハパンの交換や着替えをさせたのは
かなりきつかったです 笑

すぐに訪問看護師さんに連絡。
こういう時に限って、普段来ていただいているお母ちゃんの家よりも遠い私の家。
それでも看護師さんはバイクを飛ばしてわざわざ来てくださり
インフルエンザの可能性が高いと、主治医と連携。
なんだりかんだりで、お母ちゃんはインフルエンザの新薬を処方してもらい
看護師さんと8度を超える熱がある私とで
お母ちゃんの身体を支えながら、なかなか飲み込めずに吐き出しを繰り返す
薬をゼリーなどで溶かしながら、やっとのことで飲んでくれました。

翌日は私は仕事。休むに休めないなか
次男が朝から来てくれて、私が仕事から帰るまでお母ちゃんをみてくれました。
お母ちゃんは新薬のおかげで、熱も下がり食欲も出てきました。
私は頓服を飲んでも、仕事帰りには熱もあがり
ほんまにきつかった、、、

そのまた翌日、私はなかなか熱が下がってくれないなか
お風呂に入り、すぐに寝ましたが
日付も変わらない時間に目が覚め
するとお腹と胸の狭間が激痛に。
息も吸えず、咳をするとまた激痛
そして寝返りがこれまた 激痛で
結局 それから朝まで一睡もできないまま
仕事へ、、、

思えば、お父ちゃんが亡くなった その日も仕事
熱が一番高かった日も仕事
あばらに激痛が走った日も仕事
家族全員がインフルエンザ
とまあ この2周ほどは踏んだり蹴ったりでした 笑

あばらはレントゲンでは 骨が折れていることはないものの
痛み止めがないと、生きていられないほどでした。
今日はちょうど一週間。
まだ痛いけど、これだけ 短い期間に 色々とあったから
次は 良いことでも起こればなあ 笑

ということで 
乃木坂46 インフルエンサー




先月、お父ちゃんが静かに永遠の旅路に出ました。

最後の入院の1ヶ月、本当によく頑張り
そしてこの2年間、一番頑張ったのがお父ちゃんでした。

「もうわしのことはええから、あとはお母ちゃんのことを 皆んなでしっかりみてやってくれや たのむで」

そう言わんばかりの最期でした。
リアルなお父ちゃんの声で、そういう言葉が頭の中に響いて仕方ありません。

通夜 告別式は、僧侶や宗教関係者に頼らず
家族葬をとり、私が喪主兼導師を勤め形式的なものはなるべく排除して
読経 焼香ののちに
お父ちゃんがどういう人で、どのように生きたのか
即席のファミリーヒストリーを私から紹介させていただきました。
笑いの要素も随所に取り入れ、生前 お父ちゃんに会うことがなかった参列者にも
どういうお父ちゃんだったか分かりやすいように原稿を急ごしらえして
お話ししました。
すると、参列いただいた方々が口々に
良い通夜だった、感動しました、良いお葬式でした、爽やかな葬儀でした
本来あるべき葬儀の形ですね、俺も自分の親の時は今日のようにしようと思う
などなど、仰っていただき
親族や葬儀会社の担当の方まで、良かった 感動したと仰っていただきました。

この2年間 それまでになかった経験をさせていただき
でも慣れない介護でじゅうぶんなことができずに
お父ちゃんに申し訳ない気持ちが湧いて
お骨あげの後、家族で初七日法要を前倒しで行い
そして一人になった時、お父ちゃんの遺影を前に
この2年間飲めなかったお酒飲んでもらおうと2人で乾杯した途端に
これ以上ないほど泣きじゃくっていました。

ちょうどその頃に、遠方で参列できないからと弔電をいただいた
尊敬する先輩と電話がつながり、その胸の内を伝えると
一緒に泣いてくれ、「春光さんは、むしろそれ以上ないくらいやったじゃないですか
じゅうぶんなことができなかったなんてことはないよ、誰にもできないほどよくやりましたよ
一番お父さんが分かってくれてはるから、そんなこと思ったらあきませんよ」
と仰っていただき、ストンと心に詰まったものが落ちる気がして
とても爽やかで後味の良い気持ちになりました。

お骨など祭壇を四十九日まで私の家におまつりしているので
毎日お父ちゃんの笑顔の遺影と話をしてますが
最後は施設や病院にいたからか、なんだか まだどこかにいるような気持ちもあります。
また毎日悲しむ間も無くお母ちゃんの介護や仕事などで忙しくしていますが
お父ちゃんは、やっと楽になり、食べたいものを遠慮なく食べ
好きなお酒もたしなみ、阪神タイガースの応援に勤しみながら
大好きなお母ちゃんを見守ってくれていると感じてます。

お父ちゃんは
貧乏をバカにされたこともありましたが
貧乏になろうと、病気をしようと、どれほど弱い立場になろうと
それがどうしたと 欲を出したり、生き方を変えることもなく
丁寧に 優しい生き方をしました。
そういう生き方に続きたいものです。

今回のことでは、直接お伝えさせていただけた方からは
温まる言葉を頂戴し
そしてこの投稿までお伝えできなかった方々には
大変無礼をはたらきました。
事情を察し非礼をお許しいただければさいわいです。





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