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世界の国歌 ≪60≫ WorldAnthems
برني دارالسلام Negara Brunei Darussalam
ブルネイ ダルサラーム国
【首都バンダルスリブガワン 人口約40万人】
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/9c/Flag_of_Brunei.svg/125px-Flag_of_Brunei.svg.png
National Anthem of Brunei
Allah peliharakan Sultan
国王陛下に神のご加護を
Ya Allah lanjutkanlah Usia 陛下にアッラーのご加護を
Kebawah Duli Yang Maha Mulia 末永く陛下がご健在で
Adil berdaulat menaungi nusa 王国を公正に、高貴に統治して下さらんことを Memimpin rakyat kekal bahagia 常に幸福に平和に私たち、同胞を率いて下さらんことを Hidup sentosa Negara dan Sultan国と陛下が、 Ilahi selamatkan Brunei Darussalam.平和な土地であるブルネイを常に護られんことを |
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2011年02月22日
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今年に入ってからも、自分に関係のする所で、亡くなる方が続き
母の地域で四日前と昨日にもありました。
亡くなった人の話をする時に
「なんで亡くなりはったん?何歳やったん?」と死因や年齢を先に聞きます。
そして、その人の晩年の話しや家族の話し
そしてその人の人生の話しに発展することも
どう生きてきたが、その人の死を飾るんだなあと感じます。
釈尊は「人は生きたように死んでいく」と説き
トルストイは晩年に「生きることが喜ばしく、死ぬことも喜ばしいのです」と説きました
学生部時代の新聞の切り抜きから
『いわゆる世間的に「偉くなりたい」と願う人は多い。
しかし、人間として「偉大になろう」と心を定める人は少ない。
人の称賛と注目を浴びたいと願う人は多い。
しかし、「死」の瞬間にも色褪せぬ「三世の幸(さち)」を、自分自身の生命に築こうとする人は少ない。
「死」
それは人生の総決算の時である。名声も富も地位も学識も、それのみでは何の役にも立たない。
虚飾をはぎ取って裸になった「生命それ自体」の戦いである。
厳粛にして、公正な勝負の時である。この戦いの勝者こそ、真の勝者なのである。』(平成元年)
自然死だけではなく、様々な死に接して
やはり生き方を考えます
始皇帝はあれほどの権力と富を得ても死を恐れたと聞きますが
本来死を考えるのは、怖い事でも暗い事でもなく
それぞれの生死観が死の捉え方を変え、死の捉え方が変わると生き方も変わるんだと思いました。
私は銭湯で母と女風呂に入ってたほど小さい時
幼稚園に行く前だったと思います
銭湯で、やたらと自分はいつか死ぬんや 死ぬんやと 泣いていたのを
今でもはっきり覚えているんです
断片的でも状況やその時の心境まで覚えています
老いとその先の死を知った時でした。
でも今、毎日 精一杯生きていると あまり考えることがなくなり
実感もありません
次々に目の前に現れる 問題などとの戦いですからね
でも、死を考えるのは生を良いものするのだと思えてきました。
生死は生命活動の一旦ですし
一般に亡くなった人を「仏さん」といいますが
仏法は生きている時は生の仏 今は死の仏 生死ともに仏です これが即身成仏
よくよく考えると 生涯不退転 死ぬまで不退転が本当の不退転 成仏なんだと
「日蓮一度もしりぞく心なし」
「退転なく修行して最後臨終の時を待って御覧ぜよ」
「遠ざかりぬれば 捨つる心あり」
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