エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

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岩手県宮古市 『増坂勲・油彩水彩小品展』
地元、宮古や三陸の魅力を題材に
街角でスケッチする姿で親しまれている画家・増坂勲氏84歳
油彩・水彩画の小品展が
岩手県宮古市茂市(もいち)駅前「ギャラリーヒロ」にて
5/2〜5/24〈10:00〜17:00 (木・水 休み)〉の日程で開催されます。

今回は3週間の開催なので、この期間に宮古へ行かれる方やお近くにお住まいの方はぜひ、おいで下さい。

北三陸の雄大な海の風景と風物詩を 50年にわたって描き続けてこられた増坂勲氏
海で生まれ育ち、教職に就いた後も 三陸が醸し出す空気の中で生活し、
いわば海は、切っても切れない存在だった.

「海は私たちを育み、夢を育ててくれた尊いふるさと」

ところが、東日本大震災発生で「恵の海」への不信と憤りを覚えることに。
町では翌日から 不眠不休の復旧作業が始まっても
手を差し伸べる術がない自身の無力さが もどかしく、1ヶ月も葛藤が続いた。
5月になって「みんなが奮起している時に自分も心を新しくしないと」と決意。
悔しさや駆り立てられる感情を カンバスにたたきつけ、
80歳で持病を忘れ、異例の3ヶ月で80号の作品 2枚を 仕上げたことも。

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東日本大震災とネパール大地震、2つの支援活動を、どうか支えて下さい。(2015.4.29)
今日は、東松島でのイベント用にネパール・キーマカレーを48皿分作りました。スタッフの事を気遣い、ボランティアでお手伝い頂いた方々、本当に、本当にありがとうございました。東松島の方々に、喜んで頂けますように!
私たちの中では、東日本大震災の支援活動と、ネパール大地震の支援活動、全てが交差しています。
5月16日〜17日(土日)には、岩手県の野田村でツアーを開催します。
様々な要素を掛け合わせた、野田村ツアー。
16日(土)のメインイベントの1つは、『キャラバン』の映画上映と、トークセッション『塩のストーリーをおって、野田村の未来を語る』。
『キャラバン』は、ネパールのヒマラヤの大自然を舞台にした映画です。
美しくも厳しいヒマラヤの大自然。村人たちを飢えから救うため、岩塩をヤクの背に積み、深い雪山を越え町へと運び、食料と交換する生死をかけた『キャラバン』
その使命を果たせるリーダーとは?
世界が絶賛した、圧倒的な美しさと、生きる力に満ちた壮大な感動スペクタクルの映画です。
一方、岩手県野田村にも、ベコ(牛)の背に塩をのせて内陸まで運び、米や穀物と交換していた歴史があります。
この歴史を知ったとき、ネパールと野田村が交差し、ぜひこの映画を、野田村の方々と共に見たいと思いました。
そして、ネパールで大地震が起きた今、心を痛めて下さっている日本全国の皆様とも、一緒に見て、想いを共有したい、と強く思っています。
この映画を見られた野田村の方は、『これは、復興の映画ね』と言われました。
このイベントの中では、ネパール大地震支援活動のため、ネパールから帰国したばかりの代表、副代表より、ネパールの状況をご報告させて頂く時間を急遽設けることにしました。
まさかこのようなことになるとは全く思っておりませんでしたが、皆さんと一緒に、野田村を訪ね、現地の方々の心の声をきき、復興について、私たちの未来について、語り合えたらと強く願っております。
今だからできること。ネパールも、東北も、つながっています。一人でも多くの方のご参加を、スタッフ一同、心よりお待ちしております。
募集内容詳細
http://nbazaro.jp/apply/nodamura1.pdf
野田村ツアーお申込
http://nbazaro.jp/mailform/form.php?form=55002f08ea40b
野田村・山ぶどうワインプロジェクト概要
http://nbazaro.jp/apply/nodamura1_keii.pdf
ネパール大地震 支援のお願い
http://www.verda.bz/?pid=89260226
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【ネパールのこと】



ネパールのフェアトレード団体からのメッセージ(2015.5.1)
皆、動き出しています。
甚大な被害を受けた Shindhupalchok(現地からの情報) は、元々非常に貧しく、男女差別や因習が根強く残り、多くの女性たちが人身売買の犠牲となってきた地域です。
それ故、何とか女性たちをレスキューしようと、これまで多くの支援団体が入り、フェアトレードによって仕事の機会を創り、女性たちの経済的な自立のサポートをしたり、マイクロクレジットで無利子で小口融資をし、女性たちが事業を興すことを応援したりしてきました。どうか、これまでのネットワークが活かされ、今支援を最も必要としている方々に届くことを願っています。
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【from Mahaguthi】
私たちが最も困難なときに、私たちのことを祈り、共にいてくださること、心より感謝申し上げます。
私たちは、甚大な被害を受けた生産者や地域をサポートしていきます。ネパールのフェアトレード団体のネットワークは、皆支援活動に入っています。
明日か明後日には、一番甚大な被害を受けたShindhupalchokの被災者に、食料を届ける予定です。その後、状況を素早く判断し、必要な支援物資を送ります。
ネパリに支援をしてもらえると、本当に有り難いです。
【from WEAN Co-op】
私たちを心配し、サポートしてくださってありがとうございます。私たちは、甚大な被害を受けた地域に資金支援をし、訪問しているところです。もし私たちを支援してもらえたら、本当に有り難いです。
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ネパール訪問準備を進めています。
どうかこれ以上、被害が拡大しませんように。
一人でも多くの人命が救助されますように。
早く、皆の顔が見たいです。
私たちがサマリーした以下の資料もご覧下さい。
http://www.nbazaro.org/summary/red.htm


【ネパールのこと】
ネパールの地震、かって、そんなに長いことではないけれど、中部、南部を中心にあちこち訪れ、また、バタライさんや、コイララさんたちと会ってきたので、顔や場所が浮かび、とても心配だけど、一つ、知って欲しいことがあります。
それは、この十数年間、ネパールの中で、人身取引や貧困、差別、女性の地位向上などの、社会的問題を解決しようとするNGOの活動が、とても盛んになってきたこと。
そして、そのNGOが、網の目のように人間関係を張り巡らしていて、それを通じて、支援の流れが出来ているということ。
ネパリ・バザーロさんは、直接、地域の支援もだけど、そのような現地NGOをカウンターパートに持っていて、単なるフェアトレード団体ではないなぁと、あらためて、感じ入る。
この本の英語版は現地で購入可能です。日本語版出版(明石書店、矢野好子訳)されています。

レッド・ライト・トラフィック

ネパールの売春問題  (ABC/Nepal出版)

書評(英文):L. MASSON

和訳:K. ABE

1995年3月19日 東京

はじめに
この本は、ネパールの社会問題のなかでも特に売春、人身売買の問題にテーマをしぼって集められた様々な資料をまとめたものである。
ネパールでは、すでに長い間バディとよばれる売春婦だけからなるカーストが存在する。ネパールにおけるこの問題は目新しいものではないが、その新たな側面として、60年代初めからネパール女性の売春が国外にまで拡大してしまった点があげられる。国外へのネパール女性の人身売買は1951年のネパール国境開放から始まった。今日では20万人のネパール女性が主にインド、バングラディッシュ、パキスタン等でいわゆるセックスワーカとして働いている。
この本では、(Ⅰ)でネパール女性の人身売買を誘発する要因、(Ⅱ)でそれが与える社会・医療面での影響、(Ⅲ)でこれらの問題に対する政府側の見解の分析を試みる。

Ⅰ. ネパール女性の人身売買の誘因

A. 周到に組織されたビジネス
ネパールからインドのボンベイ等に見られる売春宿までにわたる長いルートは、売春斡旋のプロによって組織されている。これらの女性の出身地はネパールの以下の4つの地域にわけられる。
・シンドウバルチョウク Sindhupalchowck
・マクワンブル Makwanpur
・カヴレ Khavre
・ダデイン Dhading
これらの地域では、業者が直接親と話し合ったうえで娘の売買を決め、売られることが決まった女性はまずカトマンズの売春宿に送られる。親はそれによって1万から2万ルピーを得るが、それとひきかえに娘がどこでどのような仕事をするかということを十分承知しているのである。通常、彼女達は10年から15年の間インドの売春宿で働く。扱いは奴隷並み。暴力をふるわれ、自由が認められない。彼女達自信は一銭も得ることは無く、一日一回の食事だけがゆるされている。
ボンベイでは10万人の女性がこのような苛酷な条件で生活しており、その半数がネパール女性である。毎年娘を売った家族の一人がボンベイまで行き娘の稼ぎを受け取る。これによって家族の生活は少しでも楽になるが、娘は一切お金を手にすることはない。10年から15年の年月を経て彼女達が何も持たずに帰ってくると新たな問題がでてくる。(Ⅱ.B参照)。
このような売春を目的とした人身売買を禁じる法律はあっても、親がいつも取り引きに応じ、また現職の役人や警察官も一人あたり4万5千ルピーで買収されているため、決して強要されない。

B. 人身売買の3大誘因
このレポートで、取り引きの対象となる女性に共通しているのは、彼女達が貧しく、教育を受けておらず、都市部をはなれた田舎に住んでいるということである。
1.貧しい家庭の出身であるということ
これらの家族にとって娘を売り出すことが出来るというのは大変好都合である。娘を通して得られた収入が家族の生活をの支えとなる。その意味で娘が売られたあとどのようなことをするのかを承知でいる親達もこの取り引きには大きく責任関与しているのである。 ABCやCWINといったNGO団体では、この結果どのようなことが起きるのかを村々に周知するようにしている。
2.教育の欠如
教育はこの問題の最大のポイントである。教育は情報へのアクセスを可能にする手段であり、自立と自分自身の意志による自己防衛の手段である。
ネパールでの就学率は社会の中の女性の地位を反映している。女子の就学率が上昇しても男子との格差は依然として存在している。この不均衡の割合は地域によって異なるが、例えば山岳地帯などでは通学距離が長いことが女子の就学を困難にしている。
1990年における男女別就学率
男子 女子
小学校 100% 81%
中学校 54% 26%
高校 41% 17%
その結果として識字率の差も歴然としている。
都市部 郊外
平均 67% 37%
男子 78% 52.5%
女子 55% 21.9%
これらの数字から、いかに情報へのアクセスが困難であるかがうかがえる。
この状況を改善するためにいくつかのプログラムが成功裡に実施された。
・1987年の国際識字プログラム
・地方への教員派遣
・娘を通学させる目的での親に対しての補助金の支給
これらのプログラムはいずれもNGO団体の資金援助によるものである。
ただこれ以外にも例えば次のような内容のものが望まれる。
・高校までの女子の無償教育
・最低限数の女性教師の研修、雇用
・フレキシブルで型にはまらない教育カリキュラムの制度化
3. 人身売買の対象となるの地方に住む女性であること。
このことは、以上に述べた2点と関連する。すなわち地方に住んでいるために高い教育を受けることができず、又、山岳地帯に住んでいるのが貧しい人々であるというのが現実である。


Ⅱ. 売春目的の女性人身売買が及ぼす影響

このレポートでは医療面と社会面での2つの影響について述べている。

A.医療面での影響 -エイズとHIVウイルス感染
ネパール最初のHIVウイルス感染者が確認されたのが1986年である。1991年時点での感染者は2万5千人:1)に達した。
ネパールの当局発表では
・ネパールにおけるHIV感染は性行為によるもので、そのほとんどのケースが売春行為である。
・ほとんどがネパール国外で感染している。
・麻薬の濫用も常用者が同じ注射針を共有することから問題を深刻化している。
当局はHIVウイルスは
・国外で売春行為を行う女性(その45%がHIV感染者である)
・約30万人の主にインド等で働くネパール人出稼ぎ労働者
・アジアに旅行をするネパールのビジネスマン
によってネパールに持ち込まれたとしている。
この問題に対処するためネパール政府は1988年に1つのプログラムを実施した。この”エイズ予防とコントロール”プログラムは3年計画で2百万ドルの資金を投じたものであったが、その結果5万人が検査を受けることが出来た。
このような成功を見たものの残念なことにこのプログラムは1992年に改変された際、予算の削減を強いられた。
NGOはこの2回にわたるプログラムの実施に深くかかわっているが、これはいずれも啓蒙、予防を目的としたもので、問題となるのは政治的レベルでの介入がなされなかったことである。
ネパールはエイズに対する継続的かつ正しい情報提供を必要としている。

B. 里帰りした女性の社会復帰の難しさ
ネパール国外で10年以上暮らした女性達には村に帰ってから新しい生活が待っている。彼女達は店を持ったり、カーペット工場で働いたりする。
彼女達のほとんどは社会、親戚、家族から疎外され、社会復帰には長い時間が必要となる。
エイズとHIV感染が彼女達の社会復帰をさらに難しくしており、検査の陽性反応がでた場合は家族にすらかえりみられず、社会的に死んでしまったも同然である。
当局では、この新たな問題に直面しながらあまり積極的な打開措置を講じてはいない。具体的な啓蒙活動が彼女達のコミュニティー(家族、住民)を対象として行われなければならない。
ネパールのNGO団体がこれらの女性の家族復帰を支えるべく努力しているが、エイズが性行為を通じないかぎり感染しない2)という事実をコミュニティーに理解させるには長い時間を要する。


Ⅲ. 女性の人身売買に対するネパール政府の見解

A.多党制民主主義3)の導入による影響
新体制の導入により多くの人々がこの問題に対する政府指導者の対応の変化を期待した。ところが、今日まで政府はこの問題に対して無関係であるとの認識を持っており、その対策に乗り出していない。
より高水準の教育やエイズ予防のための数少ないプログラムを除いては、これらの問題に対処する政策はとられていない。 ネパールにとっての問題解決のために十分な資金を調達することはそれほど難しい問題ではない。その意味でこれは資金的な問題ではなくむしろ良心の問題であるように思われる。
NGOによる後押しの無い政府側の介入は皆無であるということを我々知るべきである。NGO団体がネパール政府に対して何等かの圧力を与えずしては政府当局は自ら動こうとしないのである。
ただ現時点でネパールの政治体制の変化による状況の変化を見極めるのは時期尚早である。

B. 女性の人身売買への政治家の関与
これまで訴訟にまで発展することはなくても様々な証言から、人身売買業者が自由に商売ができるよう当局に賄賂を渡していたことが明らかになっている。(I.A.参照)


結論
この問題に対する無関心はそのままネパールにおける女性の地位を反映している。 1948年に施行されたネパールの憲法によれば社会においての男性優位と遺産相続、結婚、離婚、借金の貸し付けに関する民法も男性に有利に出来ている。
女性は両親そして夫に依存しており社会経済的に二次的な地位4)を有する。
男性より若い時に働き始め、その労働量も多いにもかかわらず、その業績は社会からは認められない。その仕事内容は主に農業と家事である。産業界では女性はまだ受け入れておらず、責任ある立場にいる女性はごく少数である。
又、女性は家庭の収入の管理を一切任されていない。女性は家族の内面的イメージにすぎず、男性は社会的イメージを負っている。
1992年から1997年からの第8次5ケ年計画として政府は女性の段階的に平等で有意義な社会参加を促進するための措置に取組むとしている。
これは女性がより健康であると共に技術的な知識と収入を得て経済的にも自立する機会を与えようとするものである。
ネパールにおける男性と女性の間に存在する格差を見れば、女性の人身売買に対してなぜネパール当局がこれほどその対応を遅らせせているのかがうなずける。
女性の権利の問題はこの国において優先課題であったことはなく、今後も飛躍的な早さでこれが改善されることは期待できない。






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