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大槌町をあとにし、宮古駅へ車を飛ばし、山田町を通過。
山田町といえば、津波火災を真っ先に思い出します。
津波火災の被害が最も大きかった地域。
45号線沿い車中から撮影して、本当に申し訳ない気持ちですが
伝えさせていただきたいと思います。
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四年ぶりに大槌町を訪れました。
時間がなく、旧役場に手を合わせて、見るだけでしたが
四年前とはまったく違う印象。
旧町役場も写真の建物だけ残され、パーテーションで囲われ
周りは盛り土だらけで、埋もれてしまっているように感じました。
町長をはじめ、半数以上の職員が亡くなった役場。
大槌町は津波浸水域が陸前高田と並んで最も広かった地域。
この時、研修中という高校生と教員に、地元の若い語り部さんが
熱心にお話しをされていました。
ここは沢山の方が亡くなった場所、今、そういう場所にいるということを自覚してください。
そして、大震災を自分のこととして捉えていただけたらなと思う、と。
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二枚目 三枚目の写真の高台は、多くの方が避難され、ここから撮影された映像もありますが
同時に、つらい記憶もあります。
ある方が一旦ここに避難されながら、家にいるお母さんを心配して戻られました。
その直前にこの高台でNHKのインタビューに応えておられました。
その方は亡くなられました。
鵜住居センターも解体されてしまいました。
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四年前、大槌町からの帰りに釜石を車で通りました。
ニュースやyoutubeで観た釜石の町中、大槌や陸前高田もそうでしたが
車道だけが妙にきれいに片づけられ、他は3月11日からほぼ手つかずのように感じる状態でした。
土地勘がまったくなく、どこがどこなのか分からなかったので、四年前の記憶と今と繋がりませんが
今も、大津波の痕跡は残っていました。車中からの撮影ですが、お許しください。
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