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じぇじぇじぇじぇじぇ、じぇじぇ、じぇじぇじぇじぇじぇじぇじぇじぇ。
じぇじぇじぇ、じぇじぇじぇじぇじぇ、じぇじぇじぇじぇ、じぇじぇ、じぇじぇじぇじぇじぇじぇじぇ(笑)
じぇじぇじぇじぇ、じぇじぇじぇ・・・
じぇじぇ、じぇじぇじぇじぇじぇ?
じぇじぇじぇじぇ、じぇじぇじぇじぇ(笑)
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2016年03月12日
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大切なこと。
どうしても、私たちは、テレビやネットにあふれる「ざっくりした」情報とやらに囲まれて生きています。 だから、どうしても、感覚や良心が鈍感になっていく。 24時間テレビみて、障がい者のかたが必死に生きている姿を10分みて、感動して終わり。 その人たちが、24時間、365日かける何十年生きている毎日に触れる「持続」を「感動」は奪い去っていきます。 「持続」は、「幻滅」「あきらめ」、そして、それでも、これならば、続けていけるかなという「いのちのかすかなともしび」として現われるのです。 目に見えることに、その場で反応し、感動したり、悲しくなったりすることは まあ、それはそれで大事でしょう。
しかし、ほんとうの真実というのは、「大声で叫びません」「3Dで派手に登場しません」 草のなかに、三輪車がありました。 あの三輪車は、そこにあった家のお子さんの三輪車です。 ずっと離れたところに流された三輪車を、ガレキのなかから、ご家族が見つけ 別の家とかのガレキで一杯になっていたところから
自分の家があったところの、基礎のコンクリートを見つけ、三輪車を、もとあったところに、おいたのです。
ほんとうの、悲劇は、とても、声が小さいです。 それを聴き取る耳を持つことが大事です。 もちろん、そこで何があったのかの、細かい話などは、知ることはなかなか難しいです。 しかし、小さな声を聴き取る耳は、少し静かに考えてみることで、感覚が磨かれていきます。 あれっ、しげみの中に三輪車が。 乗っていた子どもはどうしただろう。 被災地には、そういう「事実が刻みつけた傷、痕跡」が、たくさんあります。 テレビとか、YouTubeで見た映像という、「自分」をそこで出して 「ああ、知ってる。テレビでみた」とかいう反応は、消したほうがいいと思います。
なぜならば、その反応は、目の前で、いろんな事実が押し寄せてきているのに それを見るチャンネルを切断してしまい、新しい、また、リアルな事実を
自分のなかに、蓄積することを阻むからです。
いつまで経っても、自分は今までの自分のままです。 |
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小高区 2012年4月16日に 警戒区域が解除され 津波被害の復旧が1年を経て始まりました
2011年3月11日のままのカレンダー
2012年8月
向こうはまだ入れない頃の浪江町 さらに向こうに東電の原発があります
2012年8月 JR常磐線 小高駅 2013年2月
小高駅自転車置き場 避難指示が出たため 2011年3月11日の朝の状況ままになっていました
2013年2月
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もう説明はいらないと思います、石巻日日新聞が5年前に「書いた」壁新聞
ジャーナリズムのなんたら、とか、使命感のなんたら、とか美談にされてましたが
壁新聞のことをジャーナリズムの使命感とかいう言葉で表現していただくのですが、そういう言葉は頭にありませんでした。自分の家族のことも頭にあり、みんな辛い思いをしていましたが、誰も口に出す人はいませんでした。ただ、地域に住む人間の一人(=ローカリスト)としての思いから、新聞の発行を行いました。 2013年1月神戸にて
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