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福島県飯舘村といえば、日本一美しい村、若妻の翼など福祉先進の村として有名で
農業、畜産に加え、精密機械工業なども盛んで、ドローンやスマートフォンに欠かせない部品なども
飯舘村の工場で作られています。
その飯舘村にも私たちが忘れてはならない歴史があります。
飯舘村は全戸の3分の1が、旧満州などからの引き揚げで
未開拓の荒れ地だった飯舘に入植した隣の浪江町も、半数が引き揚げ家族。
県内の他地域と比べても、気温が数度低い寒冷地。
人々は木を切り、土地を耕し、半世紀がかりで「日本一美しい村」にも選ばれている
麗しい里を作りました。
旧満州からの引き上げ者で、ヘロヘロの中、日本で居場所がなかなか無く、行きついたのが飯舘村でした。
会津や中通りに比べて平均気温が5度低い寒冷地、阿武隈山系の飯舘しか土地が無かったというのが正解。
入植した引揚者は、掘立小屋を作り、霜が下り、凍りつくような土地を必死で開墾して50年。
日本で最もも美しい村に相互認定されていきます。
もともと大変な土地、地域なので、人口流出もあり、もともと子どもも少なかった
だからこそ、エンジェルプランや男性の育児休暇などをいち早く認めていくようになります。
若妻の翼は村が40万円の補助金を出し、10万円の負担でヨーロッパに研修旅行に行くのですが
添乗員もつけず、渡航した若妻たちが、自分たちで判断しながら、周って歩き、自主性や積極性を養おうというもので、一番最初の時は、説得するだけで大変だったようですが
女性は子どもを産めばそれでいい、とされていた時代から自立へ、自己責任の自立ではなく
一人の自立した人間として生きていくためで、実際に、若妻のあと、父と子、母と子、祖父母と孫というように続き、一家で1回ではないことから、一人一人自立した人間と考えているからです。
また文化会館など施設を作って、誰も来ないで赤字になるのを待つのではなく
あえて施設は作らずに、村民一人あたり。2回のコンサート補助をします。
県内や東京などにコンサートに行く、1万円で半額の補助。
巨額の建設費の負担より、こちらの方が村民の文化レベルもあがるという視点。
さらに、エンジェルプランも「なぜ女性は子どもを産みたくないのか」というところから出発しているので、机上のマニュアルとは違います。
村内を20の区域に分けて、それぞれに同じ金額の予算をつけて、使い道はそれぞれに自由。
つまり、バラマキ、丸投げで、その反対が「選択と集中」というやり方。
そのバラマキ・丸投げが成功した。 しかし、今、除染した後の包材があちこちに積まれています。
ある村の男性は「もう一度、村を開拓し直すんだ、戦後と同じだよ。そして20年30年後に帰ってきた孫たちに、じいちゃん、ばあちゃんは日本一の村を復活させた、と胸を張るんだ。
何世代も費やし、苦労の末に築いたものを一挙に失う。そんな事態に遭っても人間は、絶望から立ちあがる強さを持っている。
むしろ絶望の中にこそ、希望の光は見えます。
人間の能力の中で、希望を創り出す力ほど尊いものはありません。
そして、その希望は「自分のため」ではなく「次代のため」にと、未来を見つめる中から生まれてくる。
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