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三陸沿岸部で唯一の映画館「みやこシネマリーン」
昨年は、支配人さんが伝統ある毎日映画賞特別賞を受賞するなど
地を這うような活動が評価されました。
東日本大震災発生以後、入館者は減少し、そこへデジタル化の危機も協働によって越えましたが
そのシネマリーンが今年に9月で閉館になるかもということが発表されています。
しかし、何かしらの要因で継続が可能となり、臨時総代会での「常設館運営継続」という可能生もゼロでは無いことも付け加えたい
とされているように、最終的に決まったわけではないようですが
三陸の沿岸部に残った映画館の灯を守れないものかと思います。
シネマリーンを支えた力、同苦・共感・協働の連帯
それをとりあげた新聞のコラムがありました。(再掲載)
東日本大震災で、津波遡上高が40m以上となった岩手県宮古市。
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2016年06月15日
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【一般部門 優秀賞】大阪府・北河森太郎
泥だらけの白衣
あんなに泥だらけの白衣を見たのは初めてのことだった。3・1 1の東日本大震災。
発生後約一カ月が経ち、私は他の警察官と共に南三陸町にいた。 町のイベントホールはすでに避難所となっており、被災者は寄り添うように暮らしていた。
そのホールの隣には犠牲となった方たちがひつぎの中に横たわる安置所があった。
私たちの任務はそこを訪れる遺族と、ご遺体との対面に立ち会うという、悲しみ極まるような任務だった。
安置所には私たちのほか、行政職員、医師、保健師、そして全国から派遣された看護師たちが常時、詰めていた。 ご遺体と対面される遺族の中には悲観のあまり、卒倒したり気分が悪くなったりする人などもおられたから
それら医擦従事者の存在が欠かせなくなっており、安置所と避難所の衛生面とともに、献身的で誠実な態度で勤務されていた。
その日、認知症のお婆さんが孫の名前を呼びながら迷い込んで来たとき、そばでしっかりとお婆さんの手を握る看護師さんがいた。
受付にいた私の話を聞くと、安置所の外にある公園の砂場を、お婆さんが掘り返しながら「孫はここに埋まってる!助けて!助けて!」と叫んでいたらい。
それを見た看護師さんは、お婆さんに寄り添いながら「それなら私も一緒に捜すからね」と、ニ人で砂場を掘っていたそうだ。
童女のような表情のお婆さんに、その看護師さんは諭すように言った。
「ほら。ここで皆さん安らかに眠ってるから。大丈夫よ、お婆ちゃん」
すると、安置所一杯に並んだひつぎに向かつて、お婆さんは静かに合掌した。
砂場は前日からの雨で相当ぬかるんでいた。
看護師さんの白衣は泥だらけだったが、悲嘆に暮れる遺族に分け隔てすることなく、精神的なケアを真心こめて行う姿は、私にはこのうえなく美しい、姿に映った。
間もなく娘さんがお婆さんを引き取りに来られたが、事の顛末を聞かされて、涙ながらに感謝しておられた。
泥だらけの白衣。その尊さを私は忘れない。 |
転載元 河北新報様
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