この国はどうだろう。風化という息を吐く竜を飼いならし、時間を理由に、災害を忘れ去ろうとしていないか。悲しみと教訓を記憶にとどめる作業はまだ終わっていない。
転載元 福島民報様 あぶくま抄 2017年12月15日付
ノーベル文学賞を受けた長崎県出身の英国人作家カズオ・イシグロさんは小説全体を支配するメタファー(隠喩)にひかれるという。NHK・Eテレの番組「文学白熱教室」で明かしていた。作品にはメッセージが隠されている。
代表作「忘れられた巨人」は記憶について問う。舞台は大昔の英国。人々は年齢に関係なく出来事を忘れていく。山に住む竜の吐く息のせいだ。竜を殺せば、かけがえのない記憶は取り戻せる。生かしておけば、暗い記憶は忘れたままでいられる。それが人々の対立を生む。
震災と原発事故から6年9カ月−。肉親を失った悲しみや故郷を去らなければならなかった悔しさは消しようもあるまい。楽しい思い出だけ覚えていて、つらい記憶は忘れられたらどんなに楽だろう。心は思いのままにならないから苦しい。
小説の中で老夫婦が言う。「私たちは深く愛し合っているが、大切な記憶を失ったら愛情まで失われるのでは」。人は忘却と記憶のはざまで葛藤する。この国はどうだろう。風化という息を吐く竜を飼いならし、時間を理由に、災害を忘れ去ろうとしていないか。悲しみと教訓を記憶にとどめる作業はまだ終わっていない。
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