南相馬の桜井前市長とともに
国と東電追求の矢面で頑張ってこられた馬場町長
ガンの治療のために辞意を表明。
転載元 福島民友様
入院中の馬場有浪江町長(69)=3期=が体調不良を理由に任期途中で辞任する意思を固めた。任期約1年半を残すが、既に自身の後援会に意向を伝えており、近く紺野栄重町議会議長に辞職願を提出する見通し。議長が町選管に辞職を通知してから50日以内に町長選が行われる。
馬場氏は昨年12月、病気治療のため福島市の病院に入院。入退院を繰り返しながら町政に当たっていた。福島民友新聞社の取材に対し馬場氏は「公務や会議欠席など迷惑を掛けており、重要時期に公務ができずじくじたる思いだ。やり残しがあり悔いは残るが後進に託したい」と語った。
次期町長選を巡っては、町議らを軸に複数の名前が挙がっている。
馬場氏は浪江町出身。原町高、東北学院大経済学部卒。町議4期、県議1期を経て2007(平成19)年12月の町長選で初当選。双葉地方町村会長も務めた。
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一部の「子ども食堂」が、かえって、「食事は手作りの味で、温かい雰囲気でするもの」という「世間の常識」を基盤として運営されてしまい、
それができない親を追いつめている「世間の常識」を精神的に追いつめかねない。
子どもの状況によっては、親にそれと気づかれないように、親との距離を離していくことも、必要です。
あくまでも「理想の家族」の幻想から、解き放たれることが大事です。
個々に合わせた配慮は必要。
(母親がいながら家で手料理も作らず、タダで子ども食堂に来て母子で食べに来る、けしからん!)と講演した人がいて、逆効果だと思いました。
これではSOSも発せないと。
転載元 朝日新聞Digital 様
子ども食堂、貧困自体の解決策にはならず
後藤広史さん 日本大学准教授
子どもの貧困に対する支援の手立ては、行政による生活保護のような金銭給付や個別の相談援助などに限られていました。
そこへ、子ども食堂という新しい民間の動きが出てきたことは、歓迎しています。地域の大人が子どもを見守り、子どもにとって親以外との関係を育む土壌が生まれるのなら、とてもいいことです。
生活に困窮する人たちは、地域とのつながりが途切れがちです。子ども食堂は、移動しなくても生きていけるだけのつながりをつくり出す可能性も秘めていると思います。
でも、この取り組みをめぐる社会の動きには、気がかりな点がいくつかあります。
まず、貧困問題が分断されて語られる点です。「子どもの貧困」「下流老人」などの言葉で、共感が集まりやすい特定の世代や人たちに焦点があたり、対策につながる。悪いことではありませんが、「大人の貧困」をみてきた立場としては、貧困の全体像をとらえようという視点が、弱まっているように思えます。
子どもは自己責任を問われない存在です。大人のホームレスも、子どもの貧困から続く要因が絡み合っていることもある。なのに、貧困が共感度の高さで序列をつけられてしまい、「大人の場合は自己責任」という考えが強まらないか、懸念します。
子ども食堂にもいろいろなかたちがあるようです。ブームに乗る形で、自治体が一律に「貧困対策」として補助金を出すことには疑問を感じます。むしろ、保育サービスを拡充させた方が効果的かもしれません。行政は長期的な視点にたち、支援の効果を検証する責任があります。地域とのつながりの継続を意識して、住まいなどへの公的支援も必要でしょう。
根本的に貧困を解決しようとすれば、社会構造の問題に行きつきます。食堂がはやるほど、構造的な問題がたなざらしになる恐れは高まる。
食堂で育った子どもが大人になったとき、失敗してもやり直せる社会になっているでしょうか。根本にメスを入れなければ、結局、「大人になったら自分で頑張って」と放り出されてしまうだけです。
私たちの意識も変えていく必要があります。食堂がブームになる背景には、「手づくりの食事を、みんなで食べるのがいいこと。家族はそうあるべきだ」という価値観があります。ひとり親にとって、仕事のかけ持ちなどで子どもとかかわる時間がもてない、「時間の貧困」は大きな問題です。
食堂に子どもを行かせ、一緒に食事できないことを心苦しく思う親たちを、精神的に苦しめかねません。「子どもは地域で育てるもの」という価値観を、社会全体で持てるかが問われています。(聞き手・山田史比古)
後藤広史 1980年生まれ。専門は社会福祉、貧困問題。著書に「ホームレス状態からの『脱却』に向けた支援」。
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