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いよいよ公式発表で「しみじみニヤニヤしとるんじゃ」
ツイッター
映画『この世界の片隅に』&『この世界の さらにいくつもの片隅に』公式アカウントより
2016年11月12日から1日も途切れることなく上映が続いている映画
『この世界の片隅に』
本作に新規場面を追加したもう一本の映画が
今年12月に公開決定しました
タイトルは『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』です。
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いよいよ公式発表で「しみじみニヤニヤしとるんじゃ」
ツイッター
映画『この世界の片隅に』&『この世界の さらにいくつもの片隅に』公式アカウントより
2016年11月12日から1日も途切れることなく上映が続いている映画
『この世界の片隅に』
本作に新規場面を追加したもう一本の映画が
今年12月に公開決定しました
タイトルは『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』です。
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承前
アメリカ軍による広島 長崎への原子爆弾の核攻撃直前。
福島 富山 東京 山口や滋賀 和歌山など関西を含む全国33都市44の地点で
49発もの5トン爆弾による爆撃がなされて、畑仕事をしていた福島市の14歳の中学生をはじめ
400人以上の人々が犠牲になりました。
同年7月20日朝、アメリカ軍テニアン基地で極秘の訓練を重ねてきた
第五〇九混成群団に出撃命令が下ります。
富山、長岡、福島、郡山地区への精密爆撃実戦命令が発せられ
この日が、実戦部隊による原爆核攻撃作戦のスタートでもありました。
そしてその6日後、73年前の今日のこの時間、午前9時26分
大阪市上空に、B(ボーイング)29が、それまでの空襲で見られた
集団の編隊飛行ではなく、僚機を伴いほぼ単独で飛来。
そして大型爆弾を一発のみ投下して、去っていきました。
それから、46年後の1991年、日米開戦50年のこの年。
全国49発の5トン爆弾は、原爆攻撃の訓練として投下された
模擬原子爆弾と分かり、場所が不明だった大阪の爆撃地点が
大阪市東住吉区田辺(旧田辺本町 現北田辺 田辺 東田辺 南田辺)であると突き止められました。
愛知県春日井市の教師らによる市民グループ「春日井の戦争を記録する会」が
国会図書館の資料を調べ、戦時中の米国側の文書には
B29第五〇九混成群団が一万ポンド(5トン)爆弾を使い、全国で原爆投下訓練を行っていた事実を発見。
(愛知県春日井市は大戦中、名古屋空襲と同時に爆撃を受けていましたが、敗戦の前日、春日井だけが爆撃を受けており、しかも原爆と同じ5トン爆弾による爆撃で、空白の空襲の謎を突きとめていきました)
そこに大阪については、「7.26 大阪府大阪市市街地」とだけ記されて詳細は不明でした。
それを受けて、原爆投下訓練の実態を調査していた関西大学の教授が大阪での本格的な調査を開始。
1945年7月26日の投下
①午前8時〜10時ごろの時間
②一機が大型爆弾一発だけを落とし、観測などが目的の数機を伴っている。
③通常の爆撃よりも高い高度を保っている
などをもとに調べ
対戦中の大阪府警察局の公式記録や、1945年10月に大阪市がまとめた大阪市戦災概観から
大阪市東住吉区田辺本町の空襲が、警戒警報が発令され、 僚機を伴ったB29が大型爆弾一発だけを落として引き返したことが判明。
これらの状況や一発だけにしては被害が大きいことから、原爆投下訓練と判明しました。
原子爆弾投下訓練は、長崎への核攻撃に使用された
プルトニウム型原子爆弾 ファットマンと同形状で同じ重さの爆弾を使い
爆撃機から原子爆弾が投下された後に
その威力に爆撃機が巻き込まれないように150度の急旋回を行い離脱する
原爆から身を守る退避行動訓練でした。
訓練用の模擬原爆は色と形からパンプキンと呼ばれ
これらの訓練をパンプキン計画と称して
原爆からの退避行動訓練
一万メートルの高高度での単独飛行
白昼の核攻撃実戦訓練
そしてピンポイント攻撃訓練の四つの意味がありました。
アメリカ軍は、原子爆弾による核攻撃に際して
ここまで周到な準備、訓練を重ねていたとは、あまりにも惨たらしい。
人間の犠牲の上にさらに広島 長崎への核攻撃へつなげた、悪魔の実験です。
戦争は平凡な人間を、残虐な野獣へと、悪魔へと変えてしまうものだと
あらためて痛感させられます。
今、見過ごしそうな小さな慰霊碑は
大阪市東住吉区田辺の爆心地近く、田辺小学校の北側 26号線を挟んだ向かい側に建っています。
決して見過ごしてはいけない碑、見過ごしてはいけない史実です。
※内容は過去の新聞報道をもとにしています。
また、それらは現地の碑の横にも掲示されています。
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