エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

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落語で一番好きなのが、三代目春團治はんの「代書屋」です。
久しぶりに聴きたいたいなあと、ずるをしてYouTubeを検索してみたら
なんと昔実際の舞台で観た平成紅梅亭での「代書」がありました。
「代書屋」の成り立ち、背景と大意は、先月転載させていただいた
C PAOさんのサイトに掲載された、「夜間中学の希望の灯り」より
再掲載させていただきました。

子どものころのお正月は
両親と難波に吉本新喜劇や漫才や落語を見に行くことが恒例でした。
当時は新喜劇では木村進さんや谷しげるさん、岡八郎さん、花紀京さんなどが印象に残ってます。
漫才では宮川左近ショー、ちゃっきり娘、かしまし娘など音曲漫才などが多かった印象も
そんな中、夢路いとしこいしの「金魚売り こうもり傘張り替え、、、」
三代目春團治はんの、ボソッとした声の「平林」が面白くて今でも切れ切れに覚えてます。

三代目が逝かれて早いもんで9日で三回忌になります。





上方落語屈指の爆笑ネタに「代書」があります。

「代書屋さん」は、今で言う行政書士、司法書士。舞台となる時代は演者によって若干アレンジされていますが、大正から昭和初期がこの落語の背景です。まさに、この連載の石井十次の大阪事業、クボタ創業者、久保田権四郎の徳風小学校のころです。

当時は、社会情勢や家庭の事情で学校に行けない子ども、長じて、文字の読み書きができない大人がたくさんいました。

このような文字の読み書きができない人に代わって、読み書きをする職業が「代書屋さん」です。

この落語を作ったのは、「人間国宝」桂米朝さんの師匠、四代目桂米團治さん(今、米朝さんの息子さんが、この名跡を継いで五代目米團治となっています)。

四代目米團治さんは、本名・中濱賢三。実際に「中濱代書事務所」を経営していました。場所は、今の東成区役所のあたりです。2009年、その場所に「四代目桂米團治顕彰碑」ができています。

「代書」は、この実体験がもとになった落語で、四代目米團治さんから、米朝さんに受け継がれ、桂枝雀さんに伝わり、「我が米朝一門の財産」(桂米二『上方落語 十八番でございます』)となり、米朝一門以外にも、三代目桂春團治さんの十八番ともなりました。

文字の読み書きが出来ない人が、次々と訪れてきます。ある意味、苛酷な境遇にいる人たちなんですが、この人たちがとてもバイタリティがある。そのエネルギーに、エリート然、真面目面(まじめづら)をした代書屋さんが翻弄されるという、とても痛快、そしてやさしいまなざしを持った落語です。

最初の人は、この連載ですでに紹介した「長町スラム」の住民です。「生年月日、ゆうて(言って)くれまへんか」と代書屋さんから言われ、大声で「せいねんがっぴ」とおっしゃる人です。

この人の「職歴」は、下駄の裏に付ける減りドメのゴムの露店販売、また「ガタロ(河太郎)」等々。

当時の都市の、象徴的な底辺労働です。件(くだん)の代書屋さん、始めて耳にする職業なので、目を回して、汗をかきながら「履物付属品を販売す」「河川に埋没したる廃品を回収し、生計を立つ」と。「お役人言葉」に直して行きます。

この一人目だけで、40分50分となるので、春團治さんにしても、枝雀さんにしても、ここで終わっていますが、実は、まだ何人か来ます。

そのうち一人が、朝鮮半島、より精確には済州(チェジュ)島出身です。

故郷に住む妹さんが、紡績女工として働きに来るので、「渡航証明」に必要な書類を代書して欲しいというのです。その時、少し故郷の言葉が口をついて出てくるのですが、これが済州島方言なんです(杉原達『越境する民』p.15〜19)。

済州島といえば、日本の植民地時代、東洋一の軍事基地(日本の)があり、多くの日本人が流入し、経済バランスが壊れ、住民が暮らして行けなくなったのです。済州島からは、大阪へ、多くの人たちがやってきました。

四代目米團治さんが住んでいたのは東成区。生野区と並んで、韓・朝鮮半島出身者が多いところです。東成区、生野区の、平野川旧河道右岸一帯は「猪飼野(いかいの)」と呼ばれ、平野川、西ノ川、猫間川に挟まれた低湿地で、家が建ち並ぶ今からは想像できませんが、養鶏場、養豚場、そして牛舎がたくさんありました。住環境として、決してよいとは言えません。したがって家賃も安かった。

多くの朝鮮半島出身者が、ここに住むことを余儀なくされたわけです。米團治さんは、この人たちの面倒をよくみて、表彰されたといいます。なにげないセリフに、済州島方言を入れ込んだところに、米團治さんの、生活を共にしたかかわりがみえて見ます。


孔子も、イエス・キリストも、ムハンマドも、ゴータマ・ブッダも
みんなひとり親家庭でそだっています。
(イエスは、「マリヤの子」と呼ばれていますが、母の名を以て呼ぶは、不義の子に対する当時の差別的慣行)

母の名を以て呼ばれるという、当時、罪人としての差別のなか生まれた「マリアの子」イエスは、
賤業であった石工として暮らし、
常に、人から軽蔑される存在であった。
ただ、生涯に一度人を見下ろす高みに上ったことがある。
罪人として、強盗らとともに、
十字架に架けられたときである。

知の巨人、白川静先生は、こう語られています。

「孔子はおそらく、名もない巫女の子として、早く孤児となり、卑賤のうちに成長したのであろう。
そしてそのことが、人間についてはじめて深い凝視を寄せたこの偉大な哲人を生み出したのであろう。
……貧賤こそ、偉大な精神を生む土壌であった」

戦後民主教育が、「日本の美しい家族制度」を破壊した。シングルマザーなど、昔はあり得なかったなどと、訳の分からないことを言ってる人がいますが、

家族の安定は、母親は家にいるべきとか、父親に威厳をとかいう迷信ではなく、経済的安定と相関関係にあり、福祉の拡充が離婚率を下げる。

Socialwriter & Activist 

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