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今は昔 北京行ったがてらに、万里の長城がてらで散歩してきました。
中国に行ったら、ここはおさえとかなあきませんね。
八逹嶺長城(はったつれいちょうじょう\ パーターリン チャンチオン)という
観光に解放されている長城で、車でかなり時間がかかりましたが
それでも北京市です。
市街地から高速にのると、桃畑がどこまでも続いていたのを覚えています。
市街地で当時二元から四元くらいで買えたミネラルウォーターが
ここでは十九元で、中国人もびっくりしてました。
旅行手帳がどこかにいってしまい
当時のレートは分かりませんが。
入り口には某有名米国フライドチキンチェーン 肯徳基があって
ちょっとげんなりしましたが、まあギザのピラミッド前にもあるので
いたしかたなしですね。
ちなみに某ハンバーガーチェーンは麦当劳と書きます。
入り口から長城に入ると、左右にコースが分かれてまして
勾配が緩やかにコースと、勾配が急なところが多いコースがあり
勾配が急な方は景色が良いということで、そちらに行きました。
そしたら、写真のような這わないと登れない勾配が、、、
同じ車に同乗した方が撮ってくれました。
でもたしかに景色は良かったです。
目に見える山の頂 全てに長城が築かれていて
本当に龍のように見ました。
全部人力で紀元前200年以上前からありますが
ギザギザになっているのは片側だけで外国に向いています。
お城の狭間と同じでここから弓や飛び道具 鉄砲で攻撃するため。
観光に解放されているところは修復されていますが
そうでないところは崩れてしまっている箇所も多くありました。
一人旅で出くわした見ず知らずの人に写真撮ってもらったとはいえ
もうちょっと笑うとか、楽しそうにすれば良いのに
どれもこれも お通夜に出席したみたいな表情(笑)
そしてこの服のセンス、、、お金持ってない風の服装ということで弟に借りたポロですが、、、
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2018年01月29日
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今日も大阪市内も寒うございました。
散歩がてらの買い物ついで
母ちゃんも寒い寒いと口にするので
おさんぽコースは短距離にして買い物メインにしました。
梅の木につぼみがついてきて、一つ花が咲いていたので
スマホをかざしていると、団地の中からおっちゃんが出てきて
「これは もうちょっとで咲きますわ、来月くらいには咲きまっせ。
せやけどこれは小梅やさかい、ちっちゃい花しか咲きしませんわ」
と気さくに話しかけてくれました。
初めてお会いする方ですが、いつもお花の世話をしてはるんでしょうね。
注目してもらうとやっぱり嬉しいもんやろなあと思い
咲いていく様を撮っていこうと思います。
空も澄んで、洗濯物も外に干せました。
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谷川秋夫さん死去を伝える朝日新聞デジタル
「なえし手に 手を添へもらひわがならす 鐘はあしたの空にひびかふ」
歌題「空」を歌人 谷川秋夫さんが詠んだお歌です。
1993年の1月に行われた新年恒例の宮中歌会始の儀で、入選されながらも歌会欠席を理由に朗詠されませんでした。
このことを知った方の尽力で、後年 欠席者の歌も朗詠されるようになります。
谷川さんは元ハンセン病患者、80年前の1938年(昭和13年) 14歳の時に岡山県の長島愛生園に入所。隔離された島に亡くなるまで暮らすことに。
特効薬で病は完治するも、後遺症で視力を失い、手足の自由が利かなくなります。
短歌に生きがいを見出した谷川さんは、「空」の題で、島の高台にある「恵の鐘」をつくとき
不自由な手に仲間が大きな手を添えてくれ、澄んだ朝の空に響く鐘の音の感動を描きます。
20720首の応募の中から十首に入選しました。
谷川さんは晴れの舞台に出席を望みましたが、介助が必要で迷惑をかけてしまう、また持病もあることから、出席を泣く泣く断念。
それでも、歌は宮中で朗詠されると思っていましたが、宮内庁から欠席者の歌は朗詠されないとの電話が。
わずか二十数年前のこの時、らい予防法という世界的にも稀な強制隔離政策が続いていた頃で、外出許可を得て、助けがあれば出席できたと思われますが
らい予防法廃止以前で、らい予防法の違憲性を訴え裁判で勝訴し、名誉回復がいわれるようになる今とは状況が全く違うので、行きたくても行けなかった、とよく知る方が仰ってます。
その後のこと、入所以前のことなど、谷川さんのことをまとめた記事が以下のリンクのブログにあります。
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