|
『見て見ぬふりをするというのは、論理的に言えば、とても矛盾したことで
だから、その矛盾を見ないように頭や心の働きに思いっきり、ブレーキかけてる。
だから、十分なパフォーマンス発揮出来ない。
フロイトが言うように、
「無関心は無知ではない。見ないようにしようと言う、膨大な努力の結果」です。
無関心と言う果てしない努力の何分の1を、「見ること」に使えば、、、』
災害で、亡くなった方、行方不明のままの方、そして絶望する そのご家族を
見ないようにする ノーモア自粛 ならとても違和感を感じます。
津波から必死に逃げて、手を離してしまい、我が子を、おばあちゃんを、父を目の前で流された方
入院患者の助かる見込みが無い人の手を離さざるえず、引き波にさらわれるのを見るしかなかった方
地震や豪雨で家の下敷きになった方を呆然と見守るしかなかった方
原発災害で絶望し自死に追い込まれた方のご家族
など、そういう方々を見ないようにして
自粛はいけない と叫ぶ社会はとても冷淡だと思います。
絶望する人の前では、絶望するしかない
その絶望の中から、そういう人をもう出さない という
決意が生まれてくるはず。
そういう人が増えると、そういう人をもう出さないという社会が生まれるはずです。
それが前向きということではないかと思います。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2018年10月06日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]


