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高校野球を普段観ることは無いですが
昨日の決勝にはちょっと注目し
大阪府民の私でさえ秋田県代表の金足農業高校を応援したい気持ちにさせてくれた
そんな色々な要素が集まった、決勝戦でしたが
ニュースでも優勝校より、準決勝の金足農業高校を取り上げるものが多かったのは頷けます。
そんな金足農業高校の校歌も、その全力で歌う選手の姿勢などが話題になりましたが
その校歌を作詞者は、戦前、軍国主義に抵抗していて、治安維持法で逮捕された経験がある日本文学者だったと。
1930年東京音楽大学の講師に就任するも、32年に反戦主義で思想事件として講師を解任され、
1934年法政大学教授に。1944年治安維持法で逮捕、玉川警察に拘留され翌年に釈放されています。
抑圧に屈せず、戦争に反対し続けていたんですね。
作曲者は、「春の小川」「故郷」「春が来た」「おぼろ月夜」などの作曲で有名な岡野貞一 どこまでも、素敵な話題を提供してくれる金足農業高校です。
出典 転載元
上 信濃毎日新聞様 コラム「斜面」
下 日本文學誌要 随想 「近藤忠義先生と校歌」
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6月に震度6弱の地震が発生し
震源に近く、家屋の被害が最も多かったと言われる
大阪府茨木市(いばらきし)
発災後3度目の茨木市入りでしたが
市内のあちらこちらには、修復中の家屋
地震によって崩れた壁などを応急処置で支えている家屋が沢山見受けられ
市役所の上階から市内を見渡すと
屋根をビニールシートで覆ったままの家が
まだまだ沢山あることが分かります。
ボランティアセンターは閉鎖されていましたが
発生後高槻市で見た光景がここでもありました。
台風が近づいており、大阪も影響があるとの予報です。
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2014年8月に広島市北部で発生した、大規模な土砂災害から4年
この土砂災害を招いた気象現象が、風上側に積乱雲が次々にビルが後ろに乱立するように連続発生して
風下側に異常な局地的集中豪雨をもたらすバックビルディング現象と言われています。
バックビルディング現象は、予測が難しいのですが
広島市北部の土砂災害の場合は
かねてから土木学会や専門家が指摘していた
宅地造成地の地盤の問題がありました。
それは花崗岩が風化したもろい地表の上に薄い表土が覆う地質で
宅造や住宅建設がしやすい反面
雨で水が溜まると、斜面崩壊や土石流が発生しやすい地表ということ。
国土交通省の調査では、こうした土砂災害発生危険箇所が広島県だけで4万箇所に迫る数で
全国で最も多いという集計もありました。
もちろん広島県だけが危険なわけではなく
この前年には、秋田、岩手、島根、山口でも豪雨による水害は発生しており
そのうち岩手県盛岡市や雫石町、つづき温泉などの水害もバックビルディング現象によるものと言われています。
その後も全国の各地で、水の災害が多発しているのは既知の通りですが
災害被災地で必ず聞かれるのが
「ここに 何十年住んでいるが こんなことは初めてだ」という主旨の言葉。
その土地に生まれ育って、60年、70年 80年暮らしてきた方々が
そのように口にされるのを、毎年聞かれているように
いつ どこで どんな災害が発生しても おかしくない のが 自分が暮らす国だという自覚も
減災につながる要素ではないか、と指摘され続けています。
水害は8月から9月、10月に多く発生しています。
今年の西日本大水害でも、自分は大丈夫との根拠のない安心が、被害を拡大する
との指摘がなされています。
台風が接近が接近する時期、先々の用心を心がけていきたいものです。
※また、宅造地域では、住所が「〇〇ヶ丘」「〇〇台」他 新しい地名に変更されるケースもありますが
元の地名を辿れば、そこで起きた災害を教訓に地名になった地域も少なくなく
地名が過去の災害を教えてくれるケースもあるのも、広島市土砂災害の教訓の一つでもありました。
2014年8月24日 広島市安佐南区緑井地区にて
凄まじい土石流によって、道路がえぐり流されて、
水道下水道の埋設管やマンホールがむき出し、または流出。
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富田林市警察署から、逮捕された犯人が逃走中で
私の暮らす地域でも、ひったくりを起こしたかもしれないと報道されていて
気が気でないのですが
富田林、羽曳野、松原、平野という逃走経路は
河内音頭でも有名な、熊太郎 弥五郎の「河内十人斬り」事件を彷彿とさせます。
河内十人斬り事件は、明治に実際に発生した非常に猟奇的残忍な殺人事件で
発生した地名から、河内十人斬り、水分騒動とも言われます。
河内音頭など、当時の任侠や世の中の出来事を音頭にして
識字率が低く、文字を読めなかった庶民の多くは、音頭からそういうニュースを知ることがありました。
「河内十人斬り」もその一つで、今も河内音頭の代表的な歌として歌われています。
来週はうちの町会でも盆踊りが開催されます。
河内十人斬りも吟詠されることでしょう。
事件の経緯は以下の動画 字幕で知ることができます。
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様々な書物からも、それを見てとれましたが
映画「この世界の片隅に」では、それがとてもリアルに描かれていた一つに
女性は労働力ということでした。
片渕監督がお金の無い中、自腹で当時を生きた人たちにインタビューを重ね
通行人まで、本当にそこにいた人をつきとめて描くほど
徹底した考証に基づかれて作られた映画だけに
どんな実写の映画より、とてもリアルにそれを感じました。
主人公すずさんは子どもの頃から、海苔を収穫し干す 家の仕事を手伝い というより従事し
突然 苗字も見覚えもない人と結婚して
“嫁ぎ”先では、足の不自由な義母に「嫁もきたし家のことは任せて」と話す義父
結婚後のすずさんは、日が昇る頃から水汲み
炊事、掃除、洗濯、買い物、風呂焚きと家の中のことだけではなく
地域の寄り合い、配給、千人針、防空防災、、、、
さらに労働力として駆り出され
食事のときは、家長のお茶碗に大盛りのご飯が盛られ
次に息子(すずさんの連れ合い)、女性は少量。
すずさんの義姉さんの子ども はるみちゃんは、一人でいるシーンが多く
「近年 母親が仕事とかで家にいなくなり、子どもとの触れ合いが無くなった
日本の伝統は、母親が子どもと家で一緒にいることだ」
なんてことはなかった
母親は労働力として外に出され、子どもはほとんど ほっとかれた
ってことでした。
今も上映され続ける映画「この世界の片隅に」
12月には約30分追加された「この世界の さらにいくつもの 片隅に」が公開されます。
すべての人が観るべき映画 と個人的に思ってます。
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