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先月、お父ちゃんが静かに永遠の旅路に出ました。
最後の入院の1ヶ月、本当によく頑張り
そしてこの2年間、一番頑張ったのがお父ちゃんでした。
「もうわしのことはええから、あとはお母ちゃんのことを 皆んなでしっかりみてやってくれや たのむで」
そう言わんばかりの最期でした。
リアルなお父ちゃんの声で、そういう言葉が頭の中に響いて仕方ありません。
通夜 告別式は、僧侶や宗教関係者に頼らず
家族葬をとり、私が喪主兼導師を勤め形式的なものはなるべく排除して
読経 焼香ののちに
お父ちゃんがどういう人で、どのように生きたのか
即席のファミリーヒストリーを私から紹介させていただきました。
笑いの要素も随所に取り入れ、生前 お父ちゃんに会うことがなかった参列者にも
どういうお父ちゃんだったか分かりやすいように原稿を急ごしらえして
お話ししました。
すると、参列いただいた方々が口々に
良い通夜だった、感動しました、良いお葬式でした、爽やかな葬儀でした
本来あるべき葬儀の形ですね、俺も自分の親の時は今日のようにしようと思う
などなど、仰っていただき
親族や葬儀会社の担当の方まで、良かった 感動したと仰っていただきました。
この2年間 それまでになかった経験をさせていただき
でも慣れない介護でじゅうぶんなことができずに
お父ちゃんに申し訳ない気持ちが湧いて
お骨あげの後、家族で初七日法要を前倒しで行い
そして一人になった時、お父ちゃんの遺影を前に
この2年間飲めなかったお酒飲んでもらおうと2人で乾杯した途端に
これ以上ないほど泣きじゃくっていました。
ちょうどその頃に、遠方で参列できないからと弔電をいただいた
尊敬する先輩と電話がつながり、その胸の内を伝えると
一緒に泣いてくれ、「春光さんは、むしろそれ以上ないくらいやったじゃないですか
じゅうぶんなことができなかったなんてことはないよ、誰にもできないほどよくやりましたよ
一番お父さんが分かってくれてはるから、そんなこと思ったらあきませんよ」
と仰っていただき、ストンと心に詰まったものが落ちる気がして
とても爽やかで後味の良い気持ちになりました。
お骨など祭壇を四十九日まで私の家におまつりしているので
毎日お父ちゃんの笑顔の遺影と話をしてますが
最後は施設や病院にいたからか、なんだか まだどこかにいるような気持ちもあります。
また毎日悲しむ間も無くお母ちゃんの介護や仕事などで忙しくしていますが
お父ちゃんは、やっと楽になり、食べたいものを遠慮なく食べ
好きなお酒もたしなみ、阪神タイガースの応援に勤しみながら
大好きなお母ちゃんを見守ってくれていると感じてます。
お父ちゃんは
貧乏をバカにされたこともありましたが
貧乏になろうと、病気をしようと、どれほど弱い立場になろうと
それがどうしたと 欲を出したり、生き方を変えることもなく
丁寧に 優しい生き方をしました。
そういう生き方に続きたいものです。
今回のことでは、直接お伝えさせていただけた方からは
温まる言葉を頂戴し
そしてこの投稿までお伝えできなかった方々には
大変無礼をはたらきました。
事情を察し非礼をお許しいただければさいわいです。
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2019年02月10日
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