エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

座談

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約1億6500万年も地上を征服した巨大恐竜は絶滅しました。
そして、生き残ったのは、人間の祖先も含めた小動物。
小動物は生き残ろうとして、生き残ったのはなく
淡々と餌を求めて生きていました。

今、アベノザウルスという時代錯誤の狂暴な巨大恐竜が
共謀して地上を我がもの顔で、やりたり放題に大暴れし
最期のあがきで、一瞬君臨しています。
困っている人、生きづらい人がどんどん増えています。
そんな中で、困っている人の周りの、一人一人も力をつけつつあります。
糾弾して満足する、いわゆる「運動家」や「活動家」ではなく
支援者や伴走者が増えています。
あとは、交渉力や問題解決能力、さらに人とつながる力をつけたら
弱い人が生きやすい時代がくるような気がしてなりません。

こういう時、大声で叫んだり、はしゃいだりせず
淡々と餌を求めて穴を掘っていた、小動物のように
日陰に穴を掘り進めていくように、やるべきことをやり
以上、おわり、というシンプルさが大事です。

所属の旗をあげての運動は危険と紙一重。
淡々と、自分の餌穴を掘り
そうしたトンネルが、自分の周り、地域、社会に張り巡らされていった時
地上の横暴な巨大恐竜と共倒れせずに、生き残れるのかもしれません。

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人材という悪

人材を育てるっていうのが昔から嫌いでしたが
今朝の国会からの中継でも、そのような言葉がでてきました。
真に日本国を支える人材を育てる・・・」
今日から週末は、よほどの大きな出来事が無い限り
証人喚問に関わるニュースで持ちきりでしょうけど
その持ちきりのニュースの中でも、この言葉にひっかかるメディアも無いかと思います。

「人材」
特定の尺度で人間が人間を計って、「役に立つ人間」という功利主義的な発想・・・

「人材」を育てるなら
大学は大学に行けない人のためにある
陰で支える人が偉い
など人材育成にはノブリス・オブリージュ的な思想がないと
特別意識、優越意識から、それ以外の人を睥睨するようでは
社会にとって必要悪から、不必要な悪になる・・・

そういう「人材」とされている人が、それぞれの組織やコミュニティや社会を
悪へと導いている例って、数知れない気がしてます・・・







ある新聞のコラム欄より

末期患者への医療に取り組む施設を訪ねた。
「余命」何カ月と宣告された人にとって、残りの人生は「余り」ではない。
一日一日、大切にしたいとの思いで、皆、生きている。

 施設では、患者の「心の底の希望」に耳を澄ます。特に、普段の茶飲み話が大切だ。「医師」「看護師」対「患者」でなく、友人同士としての会話である。

 ある時、男性患者がポツリ。「事情があって結婚式はやってない。妻に悪くて、心残りだ」。かなわぬ夢と、心の奥にしまっていた。

 家族・医師・職員が総出で、結婚式を行うことになった。
花嫁衣装の着付けは、ボランティアがしてくれた。他の患者も設営を手伝った。本人には当日まで「仮装大会」と。本当の結婚式と知った時の喜びは、どれほどだったか。今、告知された余命を超え、命を輝かせて生きている。「子どものころ、ドジョウ捕りが楽しくて」――別の患者の〝ポツリ〟に応え、皆でドジョウを追ったこともある。

 「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」
心の思いは、時として、か細いつぶやきと表れる。それを逃さず、聴き取る力をつけたい。それには日常から言葉を交わし、心を結ぶこと。そこから豊かな人生は広がっていく。

母とはよく話しをしてきました。
親子と言うより、同志のような感じでした。
自分のことより、子どものことにすべてを捧げる愛情を感じてきただけに
女性としての楽しみもすべて犠牲にしつつ
期待するわけではなく、なにげなく自分の好きなものをつぶやく母の言葉に
物質的なものも含めて、母の望みを叶えてあげたい一心で、できる範囲で喜んでもらおうとしてきました。
そして今、人生の記憶が少しずつ薄れていく母に
これまでの何気ない会話を覚えていたので、
好きだった歌などを端末で聴かせてあげると、涙を流して喜びます。
読める文字も減っていくなか、音程もしっかり口ずさめる歌もありました。
心が不安定になることが増えた母にとって、安心感を抱いてもらうことが大事だと感じています。
そんな時に、上記のコラムを目にして、よかったんだなと思いました。


今さら、(東北の)被災者と支援者などという枠でどうたらこうたら
わざわざ言うってのもどうよ、ってところですが
最初はそういう色合いがあるのは自然なことかもしれないけれど
中には、「可哀そうな人」から「特別な人」になり
有名人と友だちなの的感覚で、擁し奉る御仁がわりと多い。

ところが、ブロ友さん界隈では、それがない。
その方のこれまでを、そのまんまで付き合う
ネット上の顔の見えないおつきあいではなく、むしろ顔の見えるおつきあいの中で
そのまんまにお付き合いをされています。
SNS界隈と何が違うのかと考えてみたら、そういうことだと思いました。

善意で乗りこんで、何かをさせる。特別に扱う。笑顔や前向き志向を強要する。
美辞麗句がつきまとう。

私たちは、笑顔になってもらうために東北に行って会うわけではなく
お互いに、そのまんまで会い、話して、そしてまた会う。
余計なものをわざわざくっつけて、脂ぎったテカテカした人にしようなど毛頭なく
むしろ、余計なものをどんどん削ぎ落して、素のまま。
苦しい時、悲しい時は、その悲しいあなたを受け入れます、その悲しみを共有できたら・・・せめて、半分でも分かち合えたら
そういう気持ちでしかない。

でも、被災された方を、キラキラした存在にして、コテコテにして
ギラギラ、ギトギト、テカテカにして、私はこの人と仲良しなの・・・ってやっちゃう界隈・・・

先月、大川小で追体験をして、やっぱりそうやなあ、と思いました。






なにがあっても、いつも笑顔で前向きで
っていう人ほど
他人の痛みを理解できない人

記事元 NEWSWEEK様


<自己啓発本は前向きになることが幸せな人生のカギだとうたうが、楽観主義を強要されて鬱になるリスクも>

「楽観的になりなさい!」「幸せは自ら選んで手に入れるもの」――書店には幸せになるための自己啓発本が数多く積まれている。アメリカで1952年に出版され、15カ国語に翻訳された『積極的考え方の力――ポジティブ思考が人生を変える』(邦訳・ダイヤモンド社)は今でも根強い人気だ。

 プラス思考を身に付ければ誰でも幸せになれるという考え方は、問題に対処するスキルを向上させたり心の健康を保つ手法として、学校や職場、軍隊などで広く採用されてきた。

 しかしこの考え方が広まるにつれて、鬱や不安に悩んだり、時々ネガティブな感情を抱くだけでも恥ずべきことだと思う意識も高まり始めた。その弊害は、心理学の学術誌「モチベーション・アンド・エモーション」でも指摘されている。

 同誌10月号に掲載されたエール大学の研究者エリザベス・ニーランドらの研究によると、感情を簡単にコントロールできると考えている人は、そうでない人に比べて、ネガティブな感情を覚えたときにそれを自分のせいだと感じやすいという。

 心理学者たちは何年も前から「ポジティブ心理学崇拝」の危険性、特に自尊心に及ぼす影響を研究してきた。その結果、ポジティブ思考によって幸せになれる人もいるが、挫折感を覚えたり鬱に陥る人もいることが示されている。


 幸せじゃないのは自分に問題があるせいだと責め立てられるようなポジティブ思考の押し付けによって、アメリカの鬱病患者はかえって増加していると訴える専門家もいる。

 メンタルヘルスにおけるポジティブ心理学のアプローチの始まりは、1950年代にさかのぼる。アメリカの心理学者アブラハム・マズローが54年に著した『人間性の心理学――モチベーションとパーソナリティ』(邦訳・産業能率大学出版部)の中で、「ポジティブ心理学」という言葉が初めて登場した。

 マズローはこう書いている。「心理学はこれまでポジティブな側面よりもネガティブな側面ばかりに光を当ててきた。人間の欠点や病気、罪について多くを研究してきたが、人間の潜在能力や美徳などについてはほとんど目が向けられていない。自ら研究領域を半分に制限してきたようなもので、しかもそれは人間の暗く卑しい心理だ」

笑えない自分に罪悪感
 近年は企業や軍隊でもポジティブ心理学が採用されるようになり、その影響は大衆文化にも及んでいる。だがポジティブ心理学が広まるにつれ、そのアプローチはよりシンプルな言葉で表現されるようになった。「ポジティブ思考」だ。

 心理学者のマーティン・セリグマンが考案したポジティブ心理学の下に、ずさんな研究が数多く発表されるようになったと、ウェルズリー大学のジュリー・ノレム教授は指摘する。それらの研究の大半が、楽観主義とポジティブ思考が幸せな人生をもたらすと主張した。

だが、このように簡略化されたポジティブ心理学は、むしろ人々の心に害を及ぼすのではないかとの懸念が近年高まっている。「前向きになることを強要されている」と、ボードン大学の心理学者バーバラ・ヘルドは言う。「苦しいときでも笑ったり楽観的になれない人は駄目だという雰囲気がある。深い悲しみに陥っても、数週間で乗り越えるべきだと思われている」

 ヘルドによれば、ポジティブ思考の強要は2段階で襲ってくる。まず心に痛みを抱えている自分が嫌になる。次にそこから前に進めず、プラスの側面に集中することができない自分に罪悪感を覚えるようになる。

 ポジティブ思考が裏目に出ることは複数の研究でも証明されている。クイーンズランド大学(オーストラリア)が12年に行った研究では、後ろ向きになるべきではないと周りから思われていると感じていると、よりネガティブな感情を抱きやすいことが分かっている。

 09年にサイコロジカル・サイエンス誌に掲載された研究では、「私はみんなに好かれる人間だ」などポジティブな言葉を使うよう強制されると、かえって自信が持てなくなる人がいるという。

【参考記事】中絶してホッとする女性はこんなに多い──ネットで買える中絶薬利用、終身刑のリスクも

プラス思考で金融危機に
 世の中には、ポジティブ思考よりもネガティブ思考、いわゆる「防衛的悲観主義」のほうが向いている人が存在する。防衛的悲観主義者はすべてが悪いほうに転ぶ可能性を考えることによって不安を緩和し、往々にして悪い結果を回避すると、ノレムは言う。

 一方で防衛的悲観主義者がポジティブ思考を強要されると、潜在能力を発揮できなくなる。ノレムによれば、アメリカ人の25〜30%が防衛的悲観主義に当たる。

 ポジティブ思考のもう1つの弊害は、現実から目をそらす「否認」だ。深刻な状況に陥っているのは明らかなのに、すべてうまくいくと信じて、問題の解決を図ろうとしない。

『ポジティブ病の国、アメリカ』(邦訳・河出書房新社)の著者バーバラ・エーレンライクは、08年の金融危機の責任の一端は人々が住宅ローンを払えなくなるといった悪いシナリオから目を背けたことにあると指摘する。

 結局、現代人が抱える複雑な問題を一気に解決して幸せをもたらすような魔法の心理療法はない。人生がうまくいかなくなったときに後ろ向きの感情を抱いてしまうのは、決して悪いことではない。


「いつも前向きでいる必要はないし、第一そんなことは不可能だ」と、ノレムは言う。「前向きでいられないのは心に問題があるせいではない。人間としていろんな感情を持つのは当然のことだ」





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