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ハロウィーンといえば、以前はほとんど外国の映画・ドラマで観て接するものでした。
ちょこっと仮装した子どもたちが家をまわって、お菓子をもらったり
貧困にある人に、炊き出しなどをしたり。
ご先祖さんを呼んだり・・・
日本では、この時期になると、たまーにハロウィーンの飾りなどを見ることはあっても
多くの人は、それが何の日で、どういうことをするのかなんて考えたこともないのではと思ったりしていると
21世紀に入って、徐々にハロウィーンという言葉があふれてきて
各地の大型商業施設、リソート施設でイベントとしてやるようになり
おそらく、この数年で一気に広まった感があります。
がしかし
日本のハロウィーンって、勝手にこの日は無礼講みたいな空気が広まって
仮装して、騒いでしまうという事態に・・・
例えば、クリスマスが入ってきて、商業化されていった時も、やはり、嘆く声があったようですし
バレンタインデーも、同じで、愛の告白デーとしてのバレンタイン
は海外へ逆輸入されてしまい、欧米のメディアが、嘆いていたこともありました。
ハロウィーンは日本では定着しないと思っていましたが、日本人らしく
変な形になって、定着しつつあるのでしょうか
この時期に日本を訪れる欧米の旅行者は、不思議に思う人も少なくないようです。
要は、日本人て、生活や人生の楽しみ方を知らないから
こうしたビジネスとして与えられたものに乗っかって
みんながやってるから、楽しければいいじゃん
ってことで、安定をはかってしまうように思っとります。
大阪人にしたら、毎年の2月の「恵方巻き」が、日本中で定着してしまうとは
びっくりしとります。
コンビニの広がりも、その一助ではと思っていますが
あれもなあ・・・笑
ということで、WINKで「寂しい熱帯魚」
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座談
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26年来の友人夫妻が、地元の育児悩むママ友や、中にはネグレクト、シングルママさんの子どもの世話などをしていて
3年前にあるきっかけで、ちょっとだけ関わることになっていました。
途中で関わってきた人たちが「子ども食堂」をやりたがりましたが
内容を精査して中止してきた経緯があります。
子どもさんの成長、お母さんの就職などで、環境の変化もありつつ
あらたな課題を抱えるご家庭も増え
家で親の手作りの食事や、栄養のある食事をとれていない子どもと親と
一緒にご飯会をすることになり、うちを提供することになりました。
とにかく、安心の食材とか、手洗い励行とか、行儀よく、とか
大人の価値観を一切押し付けない、持ち込まない
一人一人の子どもの居場所になるには、と日ごろの延長のまま
特別な「子ども食堂」のようにはしない、ということで
おっちゃんとこで、一緒にご飯食べて、ゲームしよか
で試験的に始めることになりました。
続けるかどうか、続くかどうか、続けるものかどうか
そんなことも無しで、ご飯食べに行こう
というてい。
子どもやお母さんが、また行きたい、またやりたい、ご飯一緒に作りたい
と思ったら、またやろうか
そういうことでやらせてもらいます。
そうすると、畑、援農も、力が入り、もっと知識をつけて、自分が管理する畑を持ちたいなと思ってしまいます。
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これで自由は死んだわ 万雷の拍手の中で
So this is how liberty dies, with thunderous applause. |
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リオデジャネイロオリンピックも終幕に近づき、五輪ほど注目されないパラリンピックの開催がまってます。
個人的に、物ごころがついて初めてまともに見たオリンピックがロサンジェルスでした。
その開会式・閉会式に魅了され、以来、夏冬の五輪・パラリンピックの開閉会式を録画して楽しみ、研究してきました。
東京オリンピック開催の是非はちょっと横においといて
閉会式では、次期開催都市にフラッグハンドオーバーセレモニー 五輪旗が引き継がれ、ウェルカムアピールタイムが設けられます。
リオでの東京アピールの内容があまり伝わっておらず、関心を集めないのか
サプライズのために、情報統制が布かれているのか
まあ、スマップさんが歌うということは無いのははっきりしていますが
渡辺謙さんが気仙沼から中継とか、ゴジラやドラえもんやドラゴンボールが登場したりとか
江戸文化、歌舞伎や写楽、北斎などなど、現代風にアレンジした音楽やプロジェクションマッピングでアピールか
椎名林檎さんが登場するのは決まっているとも言われていますが
どんな演出かちょっと楽しみにしています。
1998年の長野冬季五輪の時は、94年にノルウェー・リレハンメルで
次期開催都市のアピールがされましたが
消された聖火台の下から雪の精が登場して、信濃追分で舞い、大地を清め
雪の花のエンブレムを見つめるという演出。
4年後、その雪の精が、長野の会場に現れ、伊藤みどりさん扮する雪の精が
マダムバタフライをBGMに長野の聖火台に点火するという4年越しの演出がなされました。
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色々なお話をする機会がぐっと増えてきて
このところ、誰かしらとほぼ毎日お話をさせていただいています。
ただでさえ生きづらい日本、みなさん、様々な経験を踏まえて、とにかくしんどい状況。
そこで感じるのが、見えない圧力。
弱音や愚痴をはけば、心配をかけてしまう。
弱い人間ではいけない。
いつまでも悲しんでいてはいけない
がんばらなきゃ・・・
何があっても前向きにいかなきゃ・・・
努力すればなんとかなる
乗りこえなきゃ
元気な自分を見せなきゃ
そんな社会からの見えざる視線が、心を圧迫して、押しつぶしていきます。
マッチョな思考が、しんどい人を追い詰めてなお、いないことにしてしまう・・・
世の中、自分の願いが叶わないまま、生きたいように生きれずに死んでいく人がほとんど
そこに誰が目を向けてる?
仏教の言葉に「声 仏事をなす」というのがありますが
これも、大言壮語、マッチョでテカテカな意味として使われますが
そんなことじゃなくて、弱音を吐くことやと痛感してます。
「死にたいほどつらい」という訴えは
特別な人なんじゃなく、みんな同じ。
「幸せになりたい」という願いの裏返しかも。
でも、その訴え、SOSすら出せない人がほとんど
働き方も不安定、生活も不安定、生き方も不安定、心も不安定。
居場所が必要なんですね
言葉で相手をやっつけるんではなく
言葉を聴いていける存在でいたいものです。
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