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昨日は、大阪市の人権博物館リバティ大阪で行われた
元文科省事務次官の前川喜平さんとのトークライブに参加してきました。
以前にここでお見かけはしましたが、実際にお話をして聞くのは初めてで
知的で、品もあり、謙虚かつ堂々とされていましたが
まあ、普通のおっちゃんでした。
奈良ご出身ということで、要所要所に関西弁が混じり
穏やかで響きのある声と、平易でわかりやすく、落ち着いていて
丁寧でも普通の話し方なので、やっぱり所詮エリートやなぁ とか 所詮元官僚やなあ
ってことがまったくありませんでした。
色々な報道を通じて感じていた通りの方で、今の政府与党が監視して迫害するのがよく分かる
良識ある真っ当な人でした。
トークライブは、学校教育が主なテーマで、2時間半ノンストップでしたが、あっという間でした。
パネラーの記者さんに、学校現場のとても繊細な視点からの鋭い尽きない突っ込みに対しても
全部きちんと応えておられ、学校教育に限らず、社会全般に共通する原理を引き出してました。
映画「みんなの学校」になった、大阪市立大空小学校の校長の言葉を引いて
スーツケースみたいな学校じゃなくて 文科省の仕事は 学習権の保証 これにつきます と語られ
本当の幸せとは何か を考えながら学ぶことが大事ではないか とも。
2時間半ですから、非常に多岐にわたる白熱したトークが繰り広げられましたが
子どもに対して、人間に対して、教育に対して どういう眼差しで仕事をされて、生きてこられたか
よく分かったトークライブでした。
会場の「大阪人権博物館」
33年前にできましたが、前府知事にして前市長の時に
補助金が打ち切られました。
その後に建物を解体して土地を市に返せと、、、
同じ時期に、瑞穂の國記念小學院が一度不認可決定が覆されて認可されています。
何を切って、何を認可するのか分かりやすい事例です。
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放談 「社会問題全般」
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対話より圧力を好み、そして誇る政府与党
弱い立場の人を 敗者と蔑み、追い詰め、見捨てる社会が後押ししています。
改竄か忖度か、そういうものの背景がよく見てとれるようにも。
勝利、強さを追いかけ続けること自体が、人間としての弱さを感じます。
転載元 毎日新聞様
【戦争や災害やハンセン病などの被害とは何かについて、半世紀以上取材してきて見えてきたのは、
災厄は発生時の死傷だけで終わるものではなく、60年、70年たっても続くということだ。
その全体像を俯瞰(ふかん)してはじめて、非戦を誓う平和国家の建設や、災害、公害、事故の惨事、病気への偏見・差別を繰り返さない安全・安心な社会の構築のために何をなすべきか、その条件が見えてこよう。 】
・・・柳田邦男さん 戦後俳句に新境地をひらいた俳人、金子兜太(とうた)さんが今年2月に98歳で亡くなられた。戦争末期にトラック島の部隊で海軍中尉だった。爆撃や飢えで部下が死んでいく悲惨さは、生涯消えないほど深く全身に刻まれ、反戦平和の俳句を折々に詠み続けた。私の心に鋭く刺さるその代表的な一句。 |
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地域包括センターやデイサービス、各種施設で、「ニンチさん」などの言葉を数度聞きましたが
とても居心地の悪さを感じたものです。
「痴呆」があらためられ「認知症」と表現するようになっても根は変わっていないのでしょうか。
「徘徊」についても、施設、調査士さん、医療関係者からも普通に言われます。
それは、まだまだ「徘徊」に代わる言葉が定着していないからかと思い
こちらも、そのまま返したり、説明の際に使うこともあります。
外を歩き続けることに対して、「徘徊」と使うことで
目的がなくウロウロしている、何も意識が無いような印象を定着させてしまっています。
短期記憶が続かないから、例えばトイレの場所を探し続けておられたり、またトイレの場所と反対方向をひたすら歩き続けておられることもあり、その最中に失禁ということもあります。
ご自身が育った家、子どもの頃の家に帰りたい、という気持ちから探し続けておられたり
仕事に出かけた子を、どこかに行ってしまった、どこかで迷っていないか、と心配して歩いておられたこともありました。
外を歩くことに限らず、屋内でも行動には目的があり、それまでの生活の延長ということも分かります。
「徘徊」 「ニンチが入る」は偏見と差別があることを認識していく機会になれば。
転載元 朝日新聞DIGITAL 様
認知症の人が一人で外出したり、道に迷ったりすることを「徘徊(はいかい)」と呼んできた。だが認知症の本人からその呼び方をやめてほしいという声があがり、自治体などで「徘徊」を使わない動きが広がっている。 ■解説 |
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出典 毎日新聞様 医療プレミア
苦手な相手にも親切、丁寧に接し、つねに笑顔を絶やさず、心にもない言葉を口にする−−仕事だからと自分に言い聞かせて頑張っているうちに、いつしか空虚感に心をむしばまれてしまう人がいる。接客業はもちろん、あらゆる職場ではびこる「感情労働」のリスクとは。 |
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中学校で社会の一員になる準備として、助けられる側から、助ける側への変換期の体験
18歳成人が閣議決定しましたが、これから成人していく人たちは
超高齢社会を生きるということですね。
助ける 助けられる や バリアフリーという言葉が無くなって 当たり前になるのが良いのでしょうけど。
出典 紀南新聞
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