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東日本大震災後の防潮堤工事で昨年3月に完成したばかりの防波堤が
先日の台風5号の6mの高潮で壊れたとの報道・・・ 県の担当者の説明がなあ・・・ 宮城県漁港復興推進室の澁谷亮技術補佐は「過去30年で一番大きい波に対して耐えられるような構造を造るということで考えているので、今回の波についてはそれを超える波なので何百年に1回の波だったのかな」と話していました。この防波堤は震災の災害復旧事業として県が約12億円をかけて新たに整備し2015年3月に完成したばかりでした。 県は「完成後の検査では設計上は問題なく想定外の波により壊れた」との考えを示しています。県は近く被害の状況と壊れた原因を詳しく調べた上で修理も検討する」と 防潮堤を作る時には、数十年から数百年、また東日本大震災級に耐えうる・・・と説明したいたけど、想定外でまた通すのか。
30年に一度の波が毎年来たら、その度に12億円かけてって事も・・・ どこか儲けるんや。
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要談 「震災関連 神戸・東北」
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誰も悪意はない。でも、考えられない巨費が投じられて、復興とは無関係になりつつある、「復興事業」が粛々と進められていく。
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【一般部門 優秀賞】大阪府・北河森太郎
泥だらけの白衣
あんなに泥だらけの白衣を見たのは初めてのことだった。3・1 1の東日本大震災。
発生後約一カ月が経ち、私は他の警察官と共に南三陸町にいた。 町のイベントホールはすでに避難所となっており、被災者は寄り添うように暮らしていた。
そのホールの隣には犠牲となった方たちがひつぎの中に横たわる安置所があった。
私たちの任務はそこを訪れる遺族と、ご遺体との対面に立ち会うという、悲しみ極まるような任務だった。
安置所には私たちのほか、行政職員、医師、保健師、そして全国から派遣された看護師たちが常時、詰めていた。 ご遺体と対面される遺族の中には悲観のあまり、卒倒したり気分が悪くなったりする人などもおられたから
それら医擦従事者の存在が欠かせなくなっており、安置所と避難所の衛生面とともに、献身的で誠実な態度で勤務されていた。
その日、認知症のお婆さんが孫の名前を呼びながら迷い込んで来たとき、そばでしっかりとお婆さんの手を握る看護師さんがいた。
受付にいた私の話を聞くと、安置所の外にある公園の砂場を、お婆さんが掘り返しながら「孫はここに埋まってる!助けて!助けて!」と叫んでいたらい。
それを見た看護師さんは、お婆さんに寄り添いながら「それなら私も一緒に捜すからね」と、ニ人で砂場を掘っていたそうだ。
童女のような表情のお婆さんに、その看護師さんは諭すように言った。
「ほら。ここで皆さん安らかに眠ってるから。大丈夫よ、お婆ちゃん」
すると、安置所一杯に並んだひつぎに向かつて、お婆さんは静かに合掌した。
砂場は前日からの雨で相当ぬかるんでいた。
看護師さんの白衣は泥だらけだったが、悲嘆に暮れる遺族に分け隔てすることなく、精神的なケアを真心こめて行う姿は、私にはこのうえなく美しい、姿に映った。
間もなく娘さんがお婆さんを引き取りに来られたが、事の顛末を聞かされて、涙ながらに感謝しておられた。
泥だらけの白衣。その尊さを私は忘れない。 |
転載元 河北新報様
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