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東日本大震災で被災したJR路線の仮復旧として、3月2日より
大船渡線BRT(気仙沼〜盛)が運航開始。
これで大船渡線(一ノ関〜盛)が列車とバスにより全線つながりました。
これにともない、陸前高田市役所前に「陸前高田駅」を設置。開所式が行われました。
駅には「みどりの窓口」も設置され、通常の駅と同様に切符購入も可能となりました。
かつての「陸前高田駅舎」 |
要談「陸前高田市」
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本欄で、拡散をお願いしていました男性は
見つかったとのことです。
大変大勢の方に協力をいただきました。
本当にありがとうございました。
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東日本大震災
長野県栄村大震災
東京電力原発事故
から1年8か月(20ヶ月611日)
岩手県陸前高田市では、大津波で残ったコンクリートの建物が、すべて解体されることになり
市民体育館をはじめ、順次解体が進められ、市役所や市民会館も解体となります。
あの日、何があったのか・・・
NHKの画面を撮影
2011年3月11日15時25分
陸前高田市内に流れこむ巨大津波 旧市役所から市民会館側を撮った写真
マニュアルでは市民会館が津波避難場所になっていました。
市役所から市民会館に逃げる途中で、津波が来るの声に、市役所に引き返して助かった方も。
右端に市民会館の一部が見えています。
ビルの三階の高さの巨大津波が 一瞬のできごと 市役所の屋上から やや左にMAIYAの緑の看板が見えています。
市民会館に避難し、大津波に流されてMAIYAの柱などにつかまって数人の方が助かりましたが、
市民会館には約200人以上が避難しました。
市役所の屋上まで迫って来た時 市民会館はほぼ浸水 市役所の屋上にいた人が、市民会館に「何人いる?」と呼びかけたら、返って来た返事は「11〜12人」 市役所の屋上がざわつきました。 「200人近くいたんじゃないか・・・」 市役所の屋上が見えているだけで、市民会館は見えません。午後3時43分
上空からの映像、確認できる建物がほとんどありません
昨年3月14日 旧市役所
昨年3月14日 市民会館
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「母が大震災で九死に一生を」
(添付の動画は昨年3月11日以前の陸前高田の模様が映し出されています) 黒柳< びっくりしましたが、あなた陸前高田のご出身だったんですね。
千< そうなんです。人口の1割近い人が犠牲になりまして。知っている人だけで何十人と一度に・・・ 黒柳< その陸前高田にお母様がお住まいで 千< 42〜3年東京に住んでいたんですけど、まもなく90歳という時に、自分の故郷で一生を終わりたいというので、一昨年の5月13日に故郷に帰りまして、 その10カ月後に津波に遭いました。 黒柳< その時は、お兄様夫婦と一緒に住んでおられたんですね。 千< そうです、(昨年の3月11日)兄夫婦が気仙沼のホームセンターに買い物に行ってまして、おふくろは1人で家にいました。 甥っ子がホテルに勤めてまして、地震が来た時に、これは普通の地震じゃないと感じ、お婆ちゃんが一人で家にいるはずだから、家の中からお婆ちゃんを外に出さないといけないと思って、庭に連れ出しました。その時は津波の事は考えてません。 そして、兄夫婦もおふくろが心配になり、気仙沼から急いで高田へ向かいました。 今考えると、その時は津波が来ている所に、津波と車で並走しているような状況でした。 高田に入って、市街地に行く道と、山側を通る迂回路の二つしかなくて、市街地に通じる道は、逃げる人の車で混んでましたので、たまたま山側の左の道を通っていくと、家の庭で車に乗るおふくろを見つけた時、もう津波がそこまで来ていました。 だあーっと高台に(母を)連れていきました。 そのすぐ後には、もうその場所は一面津波で・・・ もう5分でも遅れたらと思うと。 津波は家の天井まできて、家に車がダーンと突っ込んでました。 うちでは、直接人的被害は無かったので、そういう意味では・・・ 黒柳< その時は(千さんは)東京にいらっしゃって、そういうことが分からなかったんですね。 千< そうです、ご存知のように、まったく向こう(陸前高田)とは連絡をとる方法が無いので、テレビで一方的に流れるくる(情報)を見て、僕はたぶんだめだなと思いました。「悪いけど、あんたの実家もすごいことになってる、お母さん達がどうなったかまでは分からないけど、とにかく無事でいることを祈るよ」 くらいのことが、断片的に入ってくるんですよ。 黒柳< お母様は現在91歳。本当に良かったですが、亡くなった方が沢山いらっしゃるから、あなたも(良かった)とは仰らないけど・・・ 千< 隣りの友達も死んだし、特に市役所に勤めている人は、最後まで市民のことを守らなきゃいけないということで・・・、ん〜ん・・・みんな逃げ遅れて・・・ 黒柳< 考えてもみなかったでしょ、あんな所まで津波が来るなんて。 千< いやいやいや・・もう、まったくね。 過去にそういう津波が来たという言い伝えも無かったし・・・(津波が)海から7〜8km奥まで来るんですよ。 しかも、海なんて、昔は歩いて行ったら1時間から1時間半はかかる距離ですから、感覚的に津波が自分の家まで来るなんて、まずうちの町の人達は誰も思ってない・・・。 黒柳< かつて、デビューなさって陸前高田で凱旋コンサートをなさったんですね。 千< そうですね、まあ、故郷のみんながね、当時は歌手になったというだけで有名になって、でも、歌がヒットもしないで、どうなったんだ、あそこの息子は、と言われてたんですが、「星影のワルツ」がヒットして(高田)に行ったら、町中の人が集まってですね、あの時はやったあという気分でした。 黒柳< いろいろありましたが、とにかく命あっての物種で、お母様は一旦東京に戻って そして今はまた陸前高田に戻られて、お元気だそうで。 沢山の方が亡くなったので、うちは良かったとは仰れないと思いますけども。 http://www.youtube.com/watch?v=H-LQEo75tjE&feature=relate |
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皆さんの、ええ笑顔を岩手に届けませんか
1万人の顔写真でモザイクアートを作るというイベントのご紹介です。
現在約1000名が集まっているとのこと、締め切りまであと1カ月。
ご家族やお子さん、職場で、「ちょっと撮らせて、これで東北の支援ができるから」
そんな感じで、どうでしょうか。
ちなにみ自分の写真にモザイク入れて送らんといてくださいや・・・(^^;
賛同いただける方は宜しくお願いいたします。
同イベントのフェイスブックから
風化はすでに始まっている?
大震災より1年数ヶ月、時間が経つにつれ、周りの皆さんの被災地への関心 はどうなっているでしょうか。 戸羽市長は「被災地を忘れないで下さい。陸前高田を忘れないで下さい」と 常に聴衆の前、メディアの前で訴えています。
また被災者からも「無関心が怖い、忘れられてしまうことが怖い」との声を耳にします。 未曾有の大震災、まだ復興への道のりは長いにもかかわらず世の中の情報の流れや動きが速く、 被災地への関心が日に日に薄れていることも事実です。 私たちに出来ること あの大震災を忘れないこと、少しでも復興地(被災地)の事を心のどこかに留めておくこと。 そんな想いから、大船渡・陸前高田に関心がある皆さんの写真を使った巨大モザイクアートを作ります。 多くの方々にお声をかけていただき、たくさんの写真をご提供下さい。 件名:モザイク 名前 ご出身 応援メッセージ 上記を記入の上、写真を添付しメールを下さい→ mosaic@aidtakata.org ホームページからも投稿できます→ http://aidtakata.org/mosaic/ 写真を送る時の注意:写真のサイズは 100KB程度 でお願いします。 ※Fecebookをお持ちの方はfacebookの顔写真が容量としては最適です。 写ってる方々の名前をは全てご記入下さい。 【締切】平成24年9月30日(日) 【発表】 平成24年10月8日「大船渡・陸前高田」写真展にて発表します。デザインについては当日をお楽しみに! 「大船渡・陸前高田」写真展(入場無料) 日時:平成24年10月8日(月・祝) 13時〜20時 場所:サンパール荒川大ホールロビーにて 主催:NPO法人陸前高田市支援連絡協議会AidTAKATA、 共催:HAMA56プロジェクト 運営協力:AidTAKATA学生支援団体memory 後援:大船渡市 陸前高田市 【同時開催】 濱守栄子チャリティーコンサートWithアンサンブル荒川 http//hamacon.jimdo.com 日時:平成24年10月8日(月・祝) 開場:16時 開演:17時 場所:サンパール荒川(大ホール) 入場料:3000円 主催: HAMA56プロジェクト(NPO法人AidTAKATA、TAKATA-FESTA、ONELOVE大船渡) 協力:財団法人荒川区地域振興公社、社会福祉法人荒川区社会福祉協議会 がんばっぺしプロジェクト、 NPO法人遠野まごころネット 後援:大船渡市 陸前高田市 |


