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陸前高田被災地語り部くぎこ屋さんのページから
おばんです! |
要談「陸前高田市」
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みなさま、よろしくお願いいたします。 署名簿 ダウンロード
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陸前高田では、まだ205名の方々が、行方不明です!
震災から、間もなく5年、これが最後の機会になると思います! 古川沼の署名活動の、協力をお願いいたします! 水中再捜索求め署名活動 https://onedrive.live.com/view.aspx?resid=686BFACDCDADEACC!326&app=Word&authkey=!AAArdAHJFO41B20
陸前高田市の東日本大震災行方不明者の家族は、同市の古川沼や広田湾海底の再捜索を県警と海上保安庁に要望するよう市に求める署名活動を25日から始める。震災から間もなく5年となる今も、同市では205人が行方不明で、帰りを待ち続ける家族の時間は止まったまま。長く潜水調査されていない区域の捜索は家族の悲願だ。 【時間指定投稿】 |
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東日本大震災で、身元がわからないままになっていた1人の女性の、遺品の腕時計が似ていると家族から届け出があり、DNA鑑定の結果などから、陸前高田市内で飲食店を経営されていた方と判明したということです。
I食堂の方とのことですが、津波が発生して2カ月後に、気仙川で発見されましたが、それから4年以上身元が分からないままだったと。
先月に行われた、身元不明者の情報交換会で公開された遺品の腕時計を見た御家族が
特徴が似ているということで届けがあり、DNA鑑定にもちこまれたとのことです。
岩手県内には今も60人が身元不明とのことで、情報提供を呼び掛けています。
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あえて、この言葉を使わせていただきますが
「東日本 津波・原発事故 大震災」が発生して、4年7ヶ月。
単に、何年経ったかなどは問題ではないんですが、温度差を感じる大阪にいると
大きな節目以外の時にも、こうしていかないと、という気持ちがわきます。
もっと明るい話題が良い、前向きな話題を知りたい、
つらい話題は悲しい思いをする人がいる、そんな声もありますが
知りたいなら自分で見つけてもらいたいので
「あの日」なにが起きていたのか、大阪に住む私からも、僭越とは思いますが
これからも残し伝えていきたいと思います。
陸前高田の方にうかがったお話し。
気仙町の方だったように記憶しています。
「津波があった時、そのおじさんは奥さんと逃げていたそうです。
奥さんを先に逃がし、自分もさあ逃げようというところで、津波に流されたそうです。
それを見ていた人たちが
「流れた来た木材につかまって離すなよ!!」と声をかけたと。
助けに行こうとしても、すさまじい濁流の中、それはあまりにも危険。
おじさんは「分かった」と木材につかまっていたそうです。
流れは想像以上に早かったのですが、それでも一旦流れが止まった時
家の屋根につかまることができたと。
しかし、引き波はすごかった。
その屋根ごと、沖の方へ流されていきます。
みんなの視界から、どんどん小さくなる屋根とその上に乗っているおじさん。
ずっと、ずっと沖の方へいってしまった時、おじさんは屋根に立ちあがり
両手をいっぱいに広げて大きく手を振ったそうです。
そして、おじさんは屋根からふっと消えてしまい、姿が見えなくなった。
おじさんは、今も見つかっていません。」
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