陸前高田市米崎町は、美味しいリンゴの生産地です! 台風の被害によって、約1.5㌧ものりんごが落下。
自宅でできる支援の一つです。
このリンゴでビールも造られてます。
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要談「陸前高田市」
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陸前高田市、高田町の海の駅
昨年、まだ市内に建物が残っていた時、この海の駅まで来たけど、こんな近くに入れなかったような記憶がありますが、ちょうどこの海の駅の前に、追悼施設が出来ていて、お参りをさせていただき、後ろを見れば近づけたので写真を撮らせていただきました。
この海の駅では亡くなった方がいないとされているので、保存される予定ですが、中を見た時にかつての市民会館、市役所や体育館などを思い出しました。
このままの保存は危険でしょうから、対策を講じるのでしょうね。
2枚目に大きく写っているのは松の木でしょうか。
体育館の天井の梁につかまり続けることができ
数十cmのすき間で息ができた3人の方だけが助かった
市民体育館があった場所です。
建物が無いことで、目印が分からなくなり
何度も来ているドライバーさんが、道を間違い迷いました。
旧市街地です。
盛り土が市内中に見られました。
山から土を直接運ぶコンベアの工事も進み
少なくとも隣りの気仙沼よりも、土木の面では進んでいる印象をもちます。
その土木工事の中で、市内の側溝などでは今も行方不明の方の捜索が続きます。
陸前高田は岩手県で最も被害が大きかった場所で
記憶に間違いが無ければ、8000世帯のうち3200世帯が全壊
半壊を入れると7割近い家が被害を受け、
24000人の人口の市で、1555人の方がご遺体で見つかり
230名近い方が今も行方不明です。
復興といっても簡単ではなく、土地の高騰も問題です。1㎡800円だったのが2000円になっています。
たしか、NTTではなかったと思います。
アンテナは新たに設置されたはずで稼働しています。
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今回の活動場所の一つに下矢作(しもはやぎ)がありました。
天気が良かったこともあり、山間のとても美しい景色に魅了されました。
しかし、元は高田町や気仙町に住んでおられた方々が、この地域の仮設に移り住んでおられます。
お一人の女性が語ってくださいました。
「全部津波で流されちゃって、今年はお墓参りには行ったけど、家があった場所の近くや気仙町にはまだ行けないのよ、どうしてもそういう気になれないの」
そして当初は整体だけ、ヘアカットだけと仰ってた方に、メイクをお勧めしたら
終わるや、皆さん顔を見合わせながら、
「お化粧したの何年ぶりだろうね」「もう化粧なんてしないと思ってた」と。
いつも思ってたんですが、東北の女性は皆さんきれいですねえ。お肌が^^
ちょっとお待たせしたおじっちゃんに、覚えたての「おもさげながんす」(もうしわけありません)と言ったら
伝わったのかどうか、「ええ、ええありがたい」と返してくださいました。
盛岡弁が高田でも伝わるのか分かりませんが、できるだけ方言を使いたいと思っても、なかなか口が言う事聞かないでがす。
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この催しは個人的に有意義と思っています。
気仙沼や大槌などでも行われましたが 心の原風景を取り戻すことの大切さを感じます。 高田は避難所に指定されていた建物内で、大津波の犠牲になった方も多いので、複雑なのかもしれないですが。 ここからは「陸前高田未来商店街」が発信されたものの転載です。 陸前高田にお住まいの地元民のみなさま、市外在住で陸前高田出身のみなさまへ。 9/2(月)〜9/6(金)の期間、東北工業大学と神戸大学の学生さんが"記憶の街ワークショップ"というイベントを未来商店街の多目的ホールで開催します。 期間中は震災前の陸前高田の街の模型を会場に設置し、地域の方々とお話をしながら震災前の陸前高田の街を形作っていきます。 見学だけでも大丈夫だそうなので、どなた様もお気軽に起こし下さいませ。 真っ白な街を地域の皆さんの記憶で彩ってみてはいかがでしょうか。 次代へつなぐ、街の記憶。 |


