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今朝は陸前高田をバスで視察させていただきました。
初めて来たのが二年前の春 来る度に、違う状態に変わってきました。 今日はお盆ということもあり、観光バスで市内を走るのはしのびない気持ちもありました。 また、個人的に好きだった、葉が無い残った一本松が、撤去されていました。 加工された一本松より、あちらが好きでしたが、残念です。 好きだった方の、一本松 四月に撮影 |
要談「陸前高田市」
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旧市街地、高田病院の近くだと察しますが、先週骨盤の一部が見つかったとのこと。
2年以上経て、やっと行方不明の方の一部が見つかったのが、巨大工事が進む中ということに
考えさせられます。
実は先日、気仙沼と東松島にもう一度行って、不明者捜索に参加してまいりました。
ほとんど海岸に打ち上げられた流出物を拾う作業でした。
私が行く前の週に骨が見つかったのですがそれが、人のものか、
他の動物か、あるいは墓地から流出してきたものか、判別するのが困難とうかがいました。
南相馬市小高で側溝を掘る作業の時も、位牌や様々なものが出てきて、また民家の倉庫からも動物の骨がみつかりましたので
もしかしたら、行方不明の方も見つけられるかもしれない、と思いながら作業をさせていただきました。
つい、昨年秋のことです。
岩手県は大槌町の437名をはじめ1151名の方が行方不明のまま
宮城、福島、青森、茨城、千葉各県を含めると2668名の方が、行方不明です。
そのご家族に対しても、他の場所に移り住めばという人もいましたが、心無い言葉と思いました。
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陸前高田市は、8年の計画で復興プランを立てていますが ここまで明確にイメージができている地域は、他にあまり無いのではないですかね。
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短い滞在時間に、沢山の思い出が詰まり過ぎて、何からお伝えしたらいいか整理がつかないので
時系列で追っていきます。
気仙沼に着いて早速地元の方にお会いでき、復興小町付近の高級寿司屋さんで御馳走になり
いきなりカウンターパンチをくらいました。
なんつうう美味しいお寿司かと・・・
お金を使いに来たのに、使わせてどないすんねん、と大阪のツッコミを自分で入れておいて
その後に津波に流された、その方の会社の事務所跡などを見せていただき、車で案内いただきました。
他では聞けない、気仙沼の色々な事情も伺いながら、どこかに行きたいですか?と聞かれ
ダメもとで、高田、と答えると、快く連れていってくださいました。
まず目に入った、一本松・・・・写真や映像で見るより、非常に違和感を覚えましたね・・・
初めて陸前高田に行った、同行の方も、「これ松? なんか変やなあ」と思わずもらしてました。
多くの業者さんの苦労が詰まってますが、たしかに「松」じゃなくなったなあと。
葉こそ無いけど、こっちの方が↓、がんばってるようで、好きです。
その次に目に入り、圧倒的な存在感に威圧されたのが、これ。
元松原の前にあり、海なんて全然見えないし、異様な光景でした。
こういうものが、気仙沼をはじめ、宮城県の沿岸に防潮堤として築かれる予定
川に沿っても作られる地域もあり、まるで塀の中に県民を住まわせるように思いました。
川に作ったら、津波が余計に遠くまで溯上して、今まで被害を受けなかった地域まで
被害が及ぶんじゃないのかな・・・素朴な疑問。
市街地だった場所と思います。
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2011年3月の巨大津波で、日本の陸前高田市から、太平洋を経て
北米、北カルフォルニア(クレセントシティ・サウスビーチ)に漂着したと
みられるボート。
側面には「高田高校」の文字が読み取れます。
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