2011年10月。震災でお店を流されたり、故郷のために力になりたいと思った商店主がそれぞれの想いを持って立ち上がったのが未来商店街の始まりでした。 |
要談「陸前高田市」
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この壁があった建物は解体されましたが
私たちは、やっぱり忘れたら、いけませんね。 決して感傷的になってはいけないと思いますが
切実な気持ちに、同苦し、寄り添い、協働できるか
発災から3年目以降、真価が問われそうです。
3月11日は体験できないけど、3月11日以降は体験できます。
この1年、どこの被災した地域の人に出会っても
「私たちを、忘れないでください」
と言われました。
色んなイベントもあるけど
お祭り騒ぎだけでは、なんの改善にも繋がってない現実。
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先日、陸前高田に一本だけ残った松が
レプリカとして、元の場所に帰ってきましたが
上部の枝部の設置に、違いがあることが分かり
3月11日のお披露目から、かなり遅くなるようです。
この松の保存には最先端の技術が施されているので
想像以上に、修復が難しいようです。
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ポーランド・ワルシャワの中心街で行われた
東日本大震災の被災地・陸前高田への募金活動の様子です。
ワルシャワの皆さんから温かいメッセージをたくさんいただきましたのでご紹介します。
(※ポーランド語・英語・ハンガリー語については日本語に翻訳した字幕を入れています) Komitet Pomocy Ofiarom Katastrofy w Japonii ポーランド日本震災救援実行委員会 「がんばって」の言葉は、外国の方からすれば、精いっぱいの言葉として受け取れます。
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陸前高田市、7万本の高田松原のうち、巨大津波の被害から一本だけ残った松が
枯死のためレプリカとして半年ぶりに、元の場所に帰り
今日の午後3時6分枝部の取り付けが終わり、以前の姿を取り戻しました。
かつての松原は、海からの「やませ」冷たい風を松林がさえぎることで
市内の人々を暮らしやすい環境に保ってました。
岩手県内で最大の津波被害を受け、住民の7割が被災し
子供のころから松原や海岸に慣れ親しんできた市民の方々も 仕事も家も無い中、松どころではないという現状。
松原を守る会も複雑な心境の中、できる人だけで
松原復活への活動を続けておられます。
また、半年前に、一本松が撤去された時に
「無くなってホッとした」と語った方もいるこを、忘れないでいたいと思います。
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