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気仙沼市、南気仙沼地区で。
かさ上げがなされていますが、ここだけでした。
某・・・長系の・・・・
手前の道路を挟んで、撮影している側は
かさ上げの助成金が、国からおりない空白区。
これだけ、土を盛らないと、何も建てられないのです。
安波山(あんばやま) から見た、南気仙沼地区。
「あんばさん」とも言うようですが、私が出会った人は「あんばやま」と言ってました。
昨年のクリスマスに家を出て亡くなった
高校生の家、元麻布屋さんの跡地に伺うことができました。
「2年近く、よくがんばったね、ご両親と一緒に妹さんを守ってください」
と声をかけさせていただきました。
がんばってきたことを、どうしても褒めてあげたかったんです。
そして、このブログを通して、多くの方にも捜索の拡散をしていただきましたので
案内してくださった方が、写真を撮っておられたので、是非その場所を見ていただきたいと
アップしました。 |
要談「気仙沼市」
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気仙沼では、貴重なお話を沢山うかがえました。
昨日は陸前高田まで連れて行っていただき、高台の御宅に泊めていただきました。 今日は、別の方に安波山など当時避難した場所や、この2年間にいろんなことがあった、そのゆかりの地に案内してもらいました。 昨年暮れに亡くなった高校生の自宅跡に行き、お花を手向けて手を合わせていただきました。 二年近くよく頑張ってきたね と讃えてあげることもできました。 その後に、リアスアーク美術館に行くも、休館。 そのおかげで、念願だったアンカーコーヒーさんに行け、さらに まだ行ったことが無かった、岩井崎に連れて行ってもらい、みんなで海に石飛ばし。 これがみんなド下手で、大笑いの連続。 別れ際までエピソードが続き、大笑いの渦の中、大谷海岸でお別れしました。 そして初めての、南三陸町志津川に来ました。 詳細はまた後日に、書かせていただきます。 |
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気仙沼、陸前高田まで足を延ばしました。 詳しいリポートは、後日させていただきます。 |
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大阪市民ですが個人的に、共徳丸の保存を望んでいます。
気仙沼市、とりわけ鹿折地区の方々の多くは、解体を望んていると報道されています。
先日、船主さんのコメントを読みましたが、感情的でなく非常に冷静で知性的な方の印象を持ちました。
市や市長に対して、保存を訴える人から、解体を望む方に、納得できる理由の説明を求めていたが
今回にいたっても無かった、として
また、新しい共徳丸を造船していたことも、解体をすすめたい理由の裏付けでした。
船主さんへのクレームは想像を絶する程でしょう。
船主さんに会った方、電話で話した方は、「立派な方だ」 「しっかりした考えを持った方だ」 「心ある方だ」と 皆同じことをいうそうです。その船主さんがだした答えが「解体」 共徳丸は船主さんから、市が借りている形で先月まで保存されてきました。
その契約期間が終わったこともあり、解体の方向で動いていますが
この市長さん、市民への説明をできずに、御上におうかがいをたてる手法は、
市民の多くに共感を得るのは難しいのではないかと思います。
良い悪いは別として、今、気仙沼に訪れる方の多くは、この共徳丸を目指して来ます。
復興マルシェでも、それによってお客さんが立ちよってくることも、承知しています。
複雑ですが、それが現実です。
共徳丸の存在は非常に大きく、解体のダメージも非常に大きいことが分かります。
また、数百年、千年と保存することは不可能でも
後世に津波の脅威を伝承するには、十分な存在かもしれません。
おそらく、10年後、あるいは5年後には今よりも風化していると思います。
すでに、大震災を知らない世代が育っています。
また、他の都市でも震災遺構と呼ばれるものの、ほとんどが解体されていってます。
そういう意味でも共徳丸の保存を、大阪人ですが求めたいと思います。<
「解体」しても「存置」しても後々問題がでるのは必須で、
気仙沼の方々の願いは、一日も早く街が復興し、落ち着いて暮らせるようになることで、共徳丸の存置か解体かではないとは思いますが。 /div>
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