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18日のニュースです。
石巻市の高台にある日和幼稚園の送迎バスが、大津波警報の中沿岸部へ向かい 津波にのまれ、園児4人が焼死した事故の裁判が結審しました。 判決は9月17日に言い渡しとのこと。 この裁判での争点は主に、幼稚園側の防災マニュアルにあった 『 災害時の引渡しについて 』 災害が起きた際には、迎えに来た保護者に園児を引き渡す規定になっていました。 結果的には防災マニュアルは無視された形です。 ・裁判での元園長の証言 一刻も早く保護者の元に返して、安心して欲しかった。( と送迎バスの発車を指示した ) ・幼稚園教諭の証言 防災マニュアルの存在自体すら知らず、引き渡し訓練も行っていなかった。 ご遺族である 佐藤美香さん と 西城江津子さんが、インタビューに応じられてました。 佐藤美香さん 娘の死にはいまだに納得していない、この思いは多分一生変わらないと思う。 本来ならば幼稚園にいたはず、今でも、助かっていなければおかしい命だと思う。 子供に関する仕事に携わる多くの人に向けて、今回の裁判が命を預かる責任の重みを 考えるきっかけになって欲しい、私たちの娘は命をもってそれを教えようとしていると思う。 西城江津子さん いつ何が起きても大丈夫な対応を取れるよう、防災意識を高めて 一人でも多くの人にこのことを知っていただきたい 同じ番組の県内ニュースで、山元町・ふじ幼稚園の裁判が始まったことも報じられていました。 幼稚園側は全面的に争う構えとのこと…。 『 巨大津波襲来の予見はなく、園児らをよそに避難させる事は困難だった 』 遺族の一人は 『 このような悲惨な事が、二度と繰り返されないよう、安全管理体制に一石を投じる 事案となる事を望む 』とおっしゃってます。 このような裁判のニュースが報じられると、カネ目当てだろ等、 心ない事を言う連中が必ずいますが、ご遺族の想いは 『 真実が知りたい 』この一点です。 石巻・大川小学校で次女みずほさん( 当時6年生 )を亡くされた 佐藤かつらさんも以前おっしゃってましたが 『子供達の死の説明に納得して生きていくのと、そうでないのとでは大きな違いがある』 これに尽きると思うのです。 ※ やっぱりとは思いましたが、全国ニュースでは報じられませんでした…。 今後起こり得る災害に向けて、全国の方々に知っていただきたいと思います。
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要談「石巻市」
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80歳が歌い、83歳が舞う
大阪市西成区の釜ヶ崎にある、紙芝居劇団「むすび」と
宮城県内の在宅緩和ケアから生まれた「ほなみ劇団」の
石巻市門脇の「がんばろう石巻」看板前の公演の様子が
地元発行の新聞に掲載されました。
釜ヶ崎は日本最大のスラム。
日本の高度成長を最前線で支え、その後は差別と偏見にさらされた方々。
引きこもりがちな“釜”のおっちゃんたちが、劇団の活動で
ひとのために何かできることがある
と活き活きと歌い、踊り、語ります。
ロンドン公演の実績もあります。
先日、この石巻公演出演を楽しみにされていた
最年長93歳の方が、亡くなられました。
石巻交流の様子は「むすび」のブログにて見られます。
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【閲覧注意 津波被害を受けた建物などの写真があります】
日和山公園から下ると、津波の被害を受けた地域が広がり
ちょっと離れると、未だに手つかずの状態。
8枚目の写真の、小さく大きさの違う三つの椅子は
津波で亡くなった、3人のお子さんのためにお父さんが作ったものです。
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4月17日、日和山公園の桜は八分咲きでした。
天候も温暖無風に近く、東北滞在中は本当にお天気に恵まれました。
わたしくし、驚異の晴れ男なんです。
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時系列が逆になりましたが
南三陸町から石巻市に案内いただく途中で、大川小学校に行っていただけることになり
北上川の河口と、そこから雄勝半島が見え、この山のもっと向こうの船越に
カツどんどんさんがおられると思いながら、次は雄勝、船越に来るぞと決意していました。
また他のブロ友さんも住んでおられる地区で、どなたともお会いしたことが無いのに
なぜか同じ景色を見て、同じ空気を吸っていると思うと、嬉しくなりました。
目印にしていた青い鉄橋を超えると、大川小学校だなあと思っていましたが
なぜか通り過ぎてしまい、運転手さん方向を真逆にとらえて、まったく違う小学校に着いてしまいましたが
桜が咲き誇り、元気に走り回る小学生の姿を見れたことが、かえって良かったです。
地盤沈下した地域など、写真で見るのとはまったく違いますね。
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