エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

要談「岩手県 全般」

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<岩手銀行赤レンガ館(旧本店・旧中ノ橋支店・旧盛岡銀行)>
2016年7月17日(日)にリニューアルオープンした【岩手銀行赤レンガ館】
▼赤レンガ館の動画、どうぞ〜☆
https://youtu.be/sF2AjxXr0iQ
内部は、無料の「岩手銀行ゾーン」、有料の「盛岡銀行ゾーン」に分かれてます。
無料の「岩手銀行ゾーン」では多目的ホールも設置され、イベント等への貸し出しも行われます。
また、有料の「盛岡銀行ゾーン」には 『バーチャルシアター』 や 『金庫室』 などを見ることができます。
 
 
Instagramの投稿で プレゼントが?
▼詳細はホテルエース盛岡 公式HPにて〜♪
http://www.hotel-ace.co.jp/pdf/insta2.pdf
 
▼ホテルエースのInstagram こちらっ☆
https://www.instagram.com/hotel_ace_morioka/
#盛岡 #岩手 の #観光スポット や #風景 を#ホテルエース盛岡 がご案内♪ 岩手はこ〜んなトコロです☆



【岩手の寒村の奇跡】




「多病多死」「貧困」の、日本で1番、乳幼児死亡率が高かった沢内村の村長になったとき、
深沢晟雄さんが、やりつづけたことは、
公民館活動、青年団、婦人会、沢内村保健委員会など、
村内を回り続け、村民が何に困っているかを、
具体的に聴き続けた。
普通の首長が、国への陳情に明け暮れ、
国から公共事業を獲ってくることを、自分のちからだと、
誇ってるのとは正反対。
そして、5年で、乳幼児死亡率を0にし、
老人医療を無料化した。
老人医療無料化で、国からは、医療費が増大するぞ、
国民健康保険法違反だ、と言われたが、
「憲法が守ってくれる」と無視しつづけ、
(これが、できない時代がもうすぐくるのでしょうかね)
結局、一人当たり医療費を3割削減した(病人が少なくなったから)。
深沢村長が亡くなってからもどんどん減少をつづけ、
昭和50年代には、半分になっている。


ということなんだと思います。
地べたからの視点と心をもって、
社会を組み上げていかんとあかんと思うわけです。
永六輔さんが先日亡くなられましたが
永さんのイメージは、私の世代では「せき こえ のどに 浅田飴」がまず頭に浮かびます。
さらに、「上を向いて歩こう」の作詞や「遠くへ行きたい」
本当はもっともっとすごい功績がありますが、ここでは割愛しますが
さて、今朝の「遠くへ行きたい」は、永六輔さんを偲ぶ特別編集でした。
「遠くへ行きたい」は私にはものごころついた時から始まっていた番組ですが
なんと1970(昭和45)年の10月に始まっていました。
それから半世紀近く続く超長寿番組だったんですね。
当初は「六輔のさすらい旅 遠くへ行きたい」という番組タイトル
その第一回は「岩手県盛岡市」
石川啄木の足跡を訪ねる旅で、岩手山や小岩井農場まで映ってました。

今の「遠くへ行きたい」を観ていると、グルメと温泉の探索番組的な一面も強く感じますが
当時の永さんは、故郷は帰る所ではなく、常に訪ねるところ、として
今観ても、とても新鮮で斬新な旅の楽しみ方を体感し、全身で表現されていました。
啄木の唄も、地元の方に読んでもらうのが、心に響くとの考えから地元の人たちも登場されます。
なんと、その動画がありました。












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今回は、久慈滞在はわずか数時間、いろいろな会社の研修旅行が重なり、まさかのホテル満室状態。
ということで、その日のうちに宮古に行きました。
ということは、朝は大阪の関空にいた人が、仙台、八戸、久慈を経て、宮古にという
超売れっ子アイドル並みのハードスケジューリングでした。

久慈では、tetsumamaと「やませ土風館」でさっそく「うに」と「まめぶ汁」をいただき
帰り道が暗くなる前にとの思いで、tetsumamaとは夕方にはお別れしてしまいました。
あっという間に時間が過ぎて、名残惜しかったです。
ということで

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関空経て

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仙台空港経て

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仙台駅経て

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八戸駅経て

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鮫駅経て

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種差公園経て

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種市高校経て

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もぐらんぴあ経て

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久慈市街経て

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久慈駅経て

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三鉄経て

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宮古へ経ました

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宮古に経たら 蛇の目本店を経たかったんですが
まさかの定休日で経られませんでした。

お隣の店で、海産物を経させていただきました。
画像は後日に経ます。






昨今、介護制度の経緯から地域包括ケアが取り沙汰されますが
半世紀以上も前から、よりきめ細かく地域包括ケアをおこなってきたのが
岩手県の旧沢内村(現西和賀町)

今までも何度か紹介させていただきましたが
1960年代、北欧ではじまった「ノーマライゼーション」という福祉の理念が
1962(昭和37)年、東北の3000人の村から始まっていました。
豪雪・多病多死・貧困の三重苦にあった岩手県沢内村(当時)で
「いつでも、どこでも、だれでも、健やかに生まれ、健やかに育ち、健やかに老いる」
と村地域包括医療実施計画の目標としてあげられ始まった命の行政は
ブルドーザーで冬の交通を確保する豪雪の克服から始まり
保険師6人の雇用、乳幼児や妊婦、高齢者の検診や村民の健康と生活改善を進め
「かまどがえし」と医者にもかかれない貧困に対して、毅然と憲法25条の生存権を盾に
一歳未満、60歳以上の医療費無料化に踏み切りました。それは国民保険法違反の圧力との戦いでしたが
乳児死亡率70%だった村で、日本で最初に乳幼児死亡0を達成し
高齢者は気軽に医師にかかれるようになったので
病気がひどくなる前に診療を受けられるので、結果的に村の医療費負担が低くなりました。

その寒村「沢内」で半世紀、診療所の医師をしていた増田進さんのドキュメンター映画が完成し
随時上映会が行われていますが、今月大阪での上映が決まりました。

試写をご覧になった方の言葉から
半世紀、診療所のドクターをしていた、増田進さんの、ドキュメンタリーの試写会を見てきました。
とても、尊敬している友人である、双子のきょうだい、都鳥伸也・都鳥拓也さんが作ったドキュメンタリーです。
http://longrun.main.jp/masuda-film/
これといって、ドラマチックな場面がでてくるわけではなく、淡々と、生活の一部としての医療活動が述べられていきます。
そして、「沢内生命行政」というものが、どれほど、具体的な方法を伴っていたかも。
たとえば、保険証の代わりに、個人健康手帳を全員に配布。ここには医師の受診履歴や薬の履歴、検診の履歴、そして、保健師さんが、家庭訪問をしたときの、生活の様子など、一人一人についての、「生活情報」が書き込まれています。
「地域包括ケア」というのが、医療・介護・福祉ワンストップとして、今後の政策、自治体事業の柱となっていくのですが、なんと、それと同じものを半世紀以上前にやってたことを、(知ってはいたものの)目の当たりにして、沢内はやっぱり奇跡だったんだと思いましたね。
長野の佐久総合病院といい、沢内診療所(病院)といい、大事なのは、最新鋭施設というより、志です。
岩手の雫石(盛岡のサバーバンエリアです)が、最新の地域包括ケアをするために、80歳を超えた増田進医師を、その中核に招いたことなど、ほんとうに、やっと時代が追いついたか。
また、逆に、沢内の歴史を知らず、机上の空論で、「地域包括ケア」をしようとしている、ほとんどの行政や国の政策をみたら、ため息がでてきます。

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