エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

要談「福島県 全般」

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福島県飯舘村といえば、日本一美しい村、若妻の翼など福祉先進の村として有名で
農業、畜産に加え、精密機械工業なども盛んで、ドローンやスマートフォンに欠かせない部品なども
飯舘村の工場で作られています。

その飯舘村にも私たちが忘れてはならない歴史があります。
飯舘村は全戸の3分の1が、旧満州などからの引き揚げで
未開拓の荒れ地だった飯舘に入植した隣の浪江町も、半数が引き揚げ家族。
県内の他地域と比べても、気温が数度低い寒冷地。
人々は木を切り、土地を耕し、半世紀がかりで「日本一美しい村」にも選ばれている
麗しい里を作りました。
旧満州からの引き上げ者で、ヘロヘロの中、日本で居場所がなかなか無く、行きついたのが飯舘村でした。
会津や中通りに比べて平均気温が5度低い寒冷地、阿武隈山系の飯舘しか土地が無かったというのが正解。
入植した引揚者は、掘立小屋を作り、霜が下り、凍りつくような土地を必死で開墾して50年。
日本で最もも美しい村に相互認定されていきます。
もともと大変な土地、地域なので、人口流出もあり、もともと子どもも少なかった
だからこそ、エンジェルプランや男性の育児休暇などをいち早く認めていくようになります。

若妻の翼は村が40万円の補助金を出し、10万円の負担でヨーロッパに研修旅行に行くのですが
添乗員もつけず、渡航した若妻たちが、自分たちで判断しながら、周って歩き、自主性や積極性を養おうというもので、一番最初の時は、説得するだけで大変だったようですが
女性は子どもを産めばそれでいい、とされていた時代から自立へ、自己責任の自立ではなく
一人の自立した人間として生きていくためで、実際に、若妻のあと、父と子、母と子、祖父母と孫というように続き、一家で1回ではないことから、一人一人自立した人間と考えているからです。

また文化会館など施設を作って、誰も来ないで赤字になるのを待つのではなく
あえて施設は作らずに、村民一人あたり。2回のコンサート補助をします。
県内や東京などにコンサートに行く、1万円で半額の補助。
巨額の建設費の負担より、こちらの方が村民の文化レベルもあがるという視点。

さらに、エンジェルプランも「なぜ女性は子どもを産みたくないのか」というところから出発しているので、机上のマニュアルとは違います。

村内を20の区域に分けて、それぞれに同じ金額の予算をつけて、使い道はそれぞれに自由。
つまり、バラマキ、丸投げで、その反対が「選択と集中」というやり方。
そのバラマキ・丸投げが成功した。


しかし、今、除染した後の包材があちこちに積まれています。
ある村の男性は「もう一度、村を開拓し直すんだ、戦後と同じだよ。そして20年30年後に帰ってきた孫たちに、じいちゃん、ばあちゃんは日本一の村を復活させた、と胸を張るんだ。
何世代も費やし、苦労の末に築いたものを一挙に失う。そんな事態に遭っても人間は、絶望から立ちあがる強さを持っている。
むしろ絶望の中にこそ、希望の光は見えます。
人間の能力の中で、希望を創り出す力ほど尊いものはありません。
そして、その希望は「自分のため」ではなく「次代のため」にと、未来を見つめる中から生まれてくる。




福島県相馬の子どもたちが、先週の3月11日(現地時間10日)
世界最高峰のオーケストラ、ベルリンフィルと共演とのニュースがありました。
これは、南米ヴェネズエラではじまった「エル・システマ」の活動の一環で
相馬子どもオーケストラがドイツベルリンで共演を果たしました。

エル・システマは以前にも紹介させていただきましたが
40年前の1975年、治安悪化と貧困が深刻だったヴェネズエラで
スラムの子どもたちに、楽器を提供し、オーケストラ、またはコーラスを作る音楽プログラム、
麻薬よりクラシック、銃よりバイオリン、と子どもたちをそれ以上の悲劇に陥れることをさせないためで、30万人以上の子どもたちがこのプログラムを受け、世界の50カ国以上にその精神・活動が広がっています。

日本では、2011年の東日本大震災、東電原発事件によって、心身に影響を受けている福島の子どもたちの尊厳回復のためと、発災1年後の2012年3月にエル・システマ ジャパンが設立されました。
福島県相馬市ではじまった、週末音楽教室は、当初30人から現在は150人ほどまでに。
さらに、2014年には、津波被災地にして子どもの悲劇も相次いだ岩手県大槌でも始まりました。

エル・システマは、現在 若手指揮者の世界NO.1と評価されるドゥダメルなど、多くの音楽家も巣立っており、今回ベルリンで演奏した相馬の子どもたち37名のうち、16人はわずか3年前にはじめて楽器を手にしたメンバーだそうです。





ヴェネズエラのエル・システマの演奏

シモン・ボリバル・ユースオーケストラ このノリも素晴らしい

特別に新しいことを語っているのではなく
もともとあった情報、状況を、素朴な疑問から見出したということだと思います。
原発事故・事件が、ではなく、福島危険、放射能という声が大きくなったことが
経産省は除染を根拠に帰還を早め、賠償の打ち切りにつなげています。
バリケードの向こうと、こちらとで、立ち入り困難と帰還区域という状況に・・・
原発反対のために福島が危険でないといけない
それが、原発再稼働や輸出への口実を与えている様相がはっきりしてきました。
情報リテラシーがある人なら、絶対とか真実とか正義とかなんちゃらを
胡散臭いと思うものです。
正しく知って、正しく怖がるということ。
いよいよまる5年




情念によって煽るのではなく、きちんと計測し、きちんとまとめるということ。これぞ科学の力。変な情念よ去れ、と言いたい

福島の高校生は被曝線量が高い?

福島第一原発事故が起きた、福島県の高校生と、他県、他国の外部被曝線量はどれだけ違うのか。福島高校の生徒を中心に216人のデータを比較した英語の研究論文が昨年11月、専門誌に掲載された。オンライン版は無料で公開されており、全世界で3万ダウンロードを超えている。
執筆した福島高校3年の小野寺悠さんと、論文執筆をサポートした東京大大学院の早野龍五教授(物理学)が2月8日、日本外国特派員協会での会見後にBuzzFeed Newsの取材に応じた。

発端は素朴な疑問

論文執筆プロジェクトの発端は小野寺さんら高校生たちの素朴な疑問だ。
「福島県で生活する私たちの被曝線量は国内の他の地域や、他国と比べて高いのか」
小野寺さんたちは、実際の生活パターンから測ってみたいと考えた。1時間ごとの外部被曝線量を調べることができる個人線量計「D-シャトル」を使えば、それが可能になる。福島高校の教諭のつながりや、事故後に高校で特別講義をするなど交流を深めていた早野さんら科学者のネットワークを使い、比較研究の土台を作り上げた。福島市周辺、いわき市など沿岸部、そして会津と県内各地から6高校、神奈川県や広島県など国内6校、フランスからは40人、ポーランドから28人、ベラルーシから12人の高校生、教員が参加した。教員も含めて協力者は216人に及んだ。調査に参加した216人は2014年6月〜12月の期間中、原則として2週間、線量計をつけて生活した。どこにいたか日誌もつけてもらった。データをもとに年間の被曝線量を換算すると、差はごくわずかだった。集団の真ん中にあたる中央値で比較すると、福島県内では0.63〜0.97ミリシーベルト、県外では0.55から0.87ミリシーベルト、海外0.51〜1.1ミリシーベルトだ。

フランスの高校生が発した一言「福島に人は住んでいるのか」

英訳など論文をサポートした早野さんには忘れられない問いかけがある。2014年、フランスの高校生からこう質問された。
本当に福島に人は住んでいるのか
確かに、原発周辺の地域は人が戻っていないが、小野寺さんが住む福島市内も沿岸部のいわき市も、郡山市も、そこで暮らしている人たちがいる。「その高校生は無邪気に聞いている。だからこそ問題は根深い。広島や長崎と同じように、福島の高校生が成長して海外に行くたび、同じ質問を投げかけられるのではないか。その時に大事なのは、しっかり根拠を持って、発信できる力をつけることだ」
そう考えた早野さんは、論文の英訳は手伝ったが、基本はすべて生徒たちに委ねた。

「客観的な根拠と事実から判断する」

専門誌掲載にあたって、査読者から「なぜ2週間の記録で、年間の被曝量に換算できるのか」という質問があった。早野さん自身は答えなかった。「日本語でいいから、回答を考えてほしい」。小野寺さんにボールを投げた。
小野寺さんの回答はこうだ。「高校生がデータをとった2週間は、朝起きて、登校し、授業を受けて下校するという高校生の基本的な生活を送っているときに計測したもの。1年間で換算しても問題はない」
小野寺さんは、論文執筆を通して学んだことがある。
「計測の結果、線量が高かったとしても、公表していました。データは計測するだけでなく、公表して、みんなで考える。リスクがあれば、それを回避する方法を考えればいい。客観的な根拠と事実に基づいて、判断することが大事なのだと思います」

「伝統になってほしい」

震災発生時、中学1年だった小野寺さんは一時的に親族を頼って関東に避難した。父親の指示で、室内でも放射線量の低い場所で生活していたという。その頃、早野さんはTwitterで原発事故や放射線について発信を続けていた。来年には定年を迎える。
もうすぐ震災から5年。取材の合間に「福島高校の伝統になるといいな」と早野さんがつぶやいた。
「科学の方法をつかって考えること、福島から情報を発信すること。高校生から考えること」。それが早野さんが願う「伝統」だ。


出典 福島民友
原発事故により窯元が避難している浪江町の大堀相馬焼の春の新作展は3月4〜6日、福島空港で開かれる。大堀相馬焼協同組合(小野田利治理事長)が5日、二本松市で理事会を開き、開催概要を固めた。震災から間もなく、丸5年を迎える中、出品窯元は復興から次のステップに進むきっかけにしたいと、新作の製作に励んでいる。

 新作展は、今年で3回目。今回は、窯元と町内企業などとの連携強化、町民の憩いの場づくりを目的に加えて大堀相馬焼だけでなく、町内産品の発信にも役立てる。8窯元が新作を発表したり、1000点以上の陶器を展示販売するせと市を開く。同町から避難する長岡家の「小石饅頭(まんじゅう)」など町内産品を販売する。

 時間は午前10時〜午後5時(6日は午後4時)。同組合未来創造委員会の山田慎一会長(いかりや商店)は「各窯元の製品が充実してきている。震災前以上に品質やデザイン性を高めた大堀相馬焼を発信したい」と話している。

福島民友紙より

東京電力福島第1原発事故後、いわき市の病院で人工透析治療を受けた患者の内部被ばくについて、健康な人との差はなかったとする論文を同市の公益財団法人ときわ会グループの研究チームがまとめ、28日までに英国医学系学術誌のウェブ版に発表した。透析患者の内部被ばく量の研究は世界的に珍しく、研究チームは「本県の風評払拭(ふっしょく)にも貢献できる研究」と評価する。
研究チームのリーダーで同法人が運営する常磐病院の新村浩明院長は「腎臓が悪いと放射性物質を排出しにくいのではないかと懸念されていたが、透析によって老廃物と一緒に放射性物質も排出されていることが分かった」としている。

 内部被ばく検査は、市内の同グループ病院の透析患者111人を対象として2012(平成24)年7〜11月に実施。このうち2人(1.8%)から検出限界値(250ベクレル)を超える放射性物質「セシウム137」が検出された。年間に換算した場合の内部被ばく量は0.008〜0.009ミリシーベルト。同じ時期に同グループ病院で内部被ばく検査を受けた健康な人238人のうち、検出限界値を超えたのは9人(3.8%)で、これらを踏まえ、透析患者との検出率、内部被ばく量については「統計学的に差はない」とした。

 研究チームには新村院長、同グループ顧問の加藤茂明氏、東大医科学研究所研究員で南相馬市立総合病院非常勤医師の坪倉正治氏らが参加した。


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