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昨夜は狐に化かされました。
行燈を持った狐が私たちをいざないました
その先では・・・
女人に化けた狐による歌舞音曲の宴が
アフリカの民族楽器カリンバや銅鑼 太鼓 さらには電子機器を駆使して
江戸 明治 大正 時々昭和 なかには平安時代から唄い継がれるものまで
小唄 端唄 お座敷唄を披露する ひき玉さん
釜ヶ崎のおっちゃんたちによる紙芝居劇の劇団員さんをまとめてはる方が
昨夜は艶やかな日舞を、ひき玉さんの唄にのって舞う梵玉さん 世界にただ一つしかない、昭和の20年代から30年代に作成された希少な絵を使って、当時の手法のまま臨場感たっぷりに、聴衆を引き込む街頭紙芝居師 古橋理絵さん
艶もの、きわもの織り交ぜて、狐の宴は薄暗い白熱電灯の下で続けられました。
今も、狐たちにばかされた、心地よい余韻に浸っています。
無添加無着色 自然農で作られた野菜をベースにした料理を食べたような感覚です。
庵に誘う お狐さん
ひき玉さん
ひき玉さんの唄にあわせて舞う 梵玉さん
古橋理絵さん
当時の有名な絵師による貴重な絵は、資料館に保存されているる原画
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要談「大阪府・ 関西」
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関西、沖縄、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉をのぞく情報
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茶臼山(ちゃうすやま)もうひとつの真田丸といいますか
ここでも幸村は冬の陣でここを本陣にしました。
前年の夏の陣では、徳川方が本陣にしました。
大坂城・出城の真田丸より、さらに南へ、現在の天王寺駅近くです。
このあたりまでを以前は大坂、近代は大阪市と呼んでました。
茶臼山 山と言っても、小高い所 ていどの高さです。
昔は何も無かったんですが、ドラマのおかげで、分かりやすくなってきました。
他府県から観光される男性方へ、夜にお一人で行きますと
色々な男性諸子からお声掛けされます・・・
左に見えますのが、通天閣でございます。
通天閣のむこうが、釜ヶ崎になります。
右が茶臼山
奥に見えますのが、あべのハルカスでございます。
茶臼山を背に撮影 |
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昔から、真田信繁より、幸村の名の方が馴染みがあります。
こうした遺跡などにも「幸村公」という表記が多いですが
ここは、真田幸村が戦死した地として、神社が建立されています。
向かいには「一心寺」すぐ近くには「四天王寺」もあります。
シリーズ全部の写真が、ほとんど逆行などで、すみませんね・・・
四天王寺
ここも、中国語が多く聴こえてきます。
奥に四天王寺が見えています
大坂の陣激戦地の谷筋 ほどよい高低差を感じます |
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承前
こちらは三光神社
真田山と呼ばれる場所で、子どもの頃から、この界隈に来る機会が多く
父からよく、真田山と真田幸村(信繁)について話してもらってました。
幸村が隠れた山など、昔は色々なことが語られていましたが
ようは真田丸跡ということでしょう。
そこには、抜け穴というものあるんですが、これに関しては・・・
この真田山には、旧日本軍の陸軍墓地があります。
さらにつづく |
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承前
心眼寺周辺を歩くと、タモさんが大好きな段差ーに高低差がわんさかとあります。
今年の1月でしたか、NHK歴史秘話ヒストリアで、この一帯を超音波による地盤や地層の調査を行って、絵図との照合から、このあたりを「真田丸跡」とほぼ断定していました。
なるほど、なかなかの高低差に、ゆるやかなカーブを描いた地形
よう壁のあるところは、いきなり高くなっており人工的な高低差ぽく見えますから
ここが真田丸ということはうなずけます。
大坂城もほど近いですし。
なかなかの、すばらしい高低差でございましょ。
つづく
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