エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

要談「大阪府・ 関西」

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薬師寺は小学校の遠足が初めてで、その時 工事が行われていましたが
資料を読むと、西塔の復元工事中でした。
大人になってから、何度か訪ずれて、いつもどこかで工事をしている印象で
今回も東塔の解体修理中と、薬師寺はいつきても、どこかで工事を行っているイメージが定着しました(笑)

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薬師寺3回目は、平成・21世紀に再興された「大講堂」
そして玄奘三蔵院

2003年に復興された大講堂は正面が41mもあり、金堂よりも大きい古代伽藍の特徴のまま再建され
ダイナミックで優美、そして真新しい威容に、白鳳時代につくられた重要文化財の本尊や国宝が安置されていて
金堂同様、当時の様式のまま復元された新しい寺院で参拝する人に清々しさを与えているようでした。

薬師寺は法相宗の大本山なので、始祖玄奘三蔵を祀る伽藍が、白鳳伽藍の奥に建造されています。
また日本を代表する「平山郁夫」画伯が30年かけて完成させた玄奘三蔵求法の圧巻の壁画も奉安されていて
大変見ごたえがありました。


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えびすって何やねん?



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画像は、「摂津名所図会」の今宮蛭子大神宮。
「戎」ではなく「蛭子」。

 また、明治以前なので「今宮えべっさん」も「大神宮」です。
「えびす」は、もともと、蛭子(障がい児)
戎(武器を持った野蛮人)
夷(異民族)で、(恵比寿、恵美須は、当て字)

エビスは国のエライ人が、北方南方の民族や、障がい者を差別するために使われていた言葉でした。

しかし「マレビト」(幸福をもたらす貴重な存在)として、障がい者や異民族を神としてまつろうという信仰です。


「えべっさんにお参りしようとおもたら、正面からやったらあかんで、裏に回って大声で呼ぶ。えべっさんは、耳が遠うて、足が悪い」

と言われてました。

日本の神話には、二人の神様がいて、産まれてきた子の一人が蛭子だったから川に流した、という話しが出てきます。
昔はそういう風習があった地域もあります。
流された子(おそらくご遺体)を漁師が発見し、それを神として祀った。
その伝説が残るのが石津神社(大阪・堺)で、石津神社が日本で最初の蛭子エビス神社です。

エビスというのは、元々異民族とか障がい者、ハンセン病の人たちを、かわいそうと、むしろ大事にしようという人たちがいて、その神社でした。
商売の神様とか、商売繁盛で笹持ってこい、エビスさんが聴いたら怒るでしょうな。
今宮戎は今も、恵比寿とは書かずに戎と書きますが
明治時代までは
『えべっさんにお参りする時は、裏から参りやー
えべっさんは、耳遠いし、足が不自由やから、こっちから近づいてあげなあかんで」
と、本来の身体の不自由な人を大切にしようという風習が残ってました。
ところが、商売好きの神主がいたんでしょう、商売繁盛の神さんに仕立てあげ、欲の皮が突っ張った人々が来るようになり、時代を経て今に至るようになりました。
だから、戎や夷、蛭子を
恵 比 寿 という、いかにもゴージャスな漢字を当てはめ、まったく別のものにしてしまいました。いわばカルトなんですが、今さら取り返しはつかないです。

身体の不自由な人を大事にするという、本来の意味から言えば
高齢者施設で働いたり、障がい者の生活を支えることは、毎日えべっさんにお参りしているのと同じです。


商売繁昌で笹?
何の宗教やねん?


Redacteur social et activiste 
薬師寺二回目は中門と西塔

中門、西塔ともに(写真3枚目)昭和に再興されたもので
薬師寺は白鳳・鎌倉時代建造の国宝と、昭和・平成建造の堂宇が並ぶ
珍しい寺院です。
国宝東塔(4枚目)は現在解体修復中で、基壇を残してすべて解体され
芯柱やもこしなど1300年の傷みをもとの木材を生かしながら修復し
そして一からまた組み立てて、もとの姿に戻すという途方も無い工事。
来年には完成するとも。
ちなみに、東塔解体後、基礎から当時の貨幣「和同開珎」が出土したと。
起工時に当時の人が埋めたようです。

西塔(6・7枚目)を見ると、って逆光そのまま撮影ですみませんが(笑)
六重の塔のように見えますが、実際は三重の塔で、軒の短い屋根のようなものは「裳階もこし」で、風雨から建物を守ったり、安定させるためのものです。
裳階があると建物を優美にみせる効果もあり、奈良の古代寺院にはよくみられます。
金堂も二階建てですが、裳階があるので大きく見えます。

ちなみに私のスマホケースの模様は、薬師寺東塔のてっぺんにある「水煙すいえん」です。どんだけ薬師寺好きやねん ↓
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あしかけ4年、実質ほぼ2年ぶりに、岡山ファミリーと奈良へ。
前回の春日大社、若草山、東大寺に続いて、今回は薬師寺。

薬師寺には、信仰上というより、建築として思い入れがあります。

1300年ほど前の白鳳時代創建時は大伽藍を備えた随一の寺院でしたが
その後の災害、1528年の兵火でほとんど灰燼に帰し、以来、つい半世紀ほど前までは
唯一当時から残った国宝「東塔」と仮本堂だけの小さい寺院でした。

400年以上経て、薬師寺を白鳳時代の伽藍に復興しようという計画が発願され
まずメインテンプルである「金堂」をはじめ、西塔や大講堂、回廊などが復興
現在は国宝の東塔が修復工事されており、半世紀かけての大事業が行われています。
宗教が建築物によって誇示したり、建築が目的になることの是非は別として
金堂再建では、当時、日本一の宮大工として建築界では有名な
当ブログでも過去に取り上げた「西岡常一」棟梁が金堂の再建の棟梁として手腕をふるいました。

古文書に柱の高さと、二階建て各階が二重という以外に金堂の資料が無く
類似する建造物が他に無い状況からのスタート。
境内の発掘調査で出土した、基礎や雨水を流す側溝から、柱の数や屋根の大きさを割り出し
一年がかりで書きあげた設計図は、ミリ単位の寸法で構成、組み立てるパーツは数十万。
鳳凰が羽ばたくような屋根の形状は、設計図より5cm上に反っており
それは屋根自体の重みで少しずつ屋根が下がり、1000年後に設計図通りになるように組まれていると。
それも西岡棟梁の指示によるもの。
また建設に伴う莫大な資金は、当時の住職がテレビ出演などして
写経を呼びかけ、写経料を収めてもらい資金に充てたと。

書きだすと限がないですが、いろいろなことの積み重なりによって、450年ぶりに再建された薬師寺金堂。
隅々を眺めて堪能してきました。

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