エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

要談「琉球 沖縄県」

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あるコラムから

沖縄戦を歌った民謡の名曲「艦砲ぬ喰ぇーぬくさー」。
艦砲射撃の“喰い残し”を意味し、「生き残り」のことを指している。

68年前(現72年前)の3月下旬、米軍は沖縄に雨のように艦砲射撃を浴びせ
4月1日本島に上陸。地形が変わるほどの激しい爆撃で、住民もその犠牲になった。

先日「喰ぇーぬくさー」の一人である壮年に話を聞いた。
「壕から外に出ようとした瞬間、艦砲射撃にあいました。
もし、2、3秒早く出ていたら・・・」。
一瞬で生命が奪われる過酷な体験に、胸が締めつけられた。

「恨でぃん悔やでぃん 飽きじゃらん 子孫末代(しすんまちでー) 遺言(いぐん)さなー」。
(戦争をいくら恨んでも悔やんでも飽き足らない。子孫末代まで語り伝えなければ。

これは、曲の結びの歌詞である。
しかし今、「艦砲ぬ喰ぇーぬくさー」という言葉の存在を知る青年世代は多くない。
戦争体験の風化が課題となる中で、「子孫末代遺言さな」という歌詞が、一層、心に響いてくる。

壮年は、地域の平和教育のために戦争体験を絵にした。
「描くたびに、悲惨な状況が思い起こされ、筆が重くなった」。
それでも、筆を置かなかったのは、「遺言さな」という強い思いのゆえであろう。
その誓いを無にしてはならない。

清に従属しながら、薩摩藩に支配された琉球王国は、二重の苦しみを背負うことになり
薩摩藩から、徳川将軍に挨拶をするために、琉球の使者を江戸に送れと「江戸上り(のぼり)」を命じられます。
海路陸路2000km半年の旅。
薩摩藩の狙いは琉球の音楽や踊りを広く見せて、薩摩が琉球王国を支配していることを知らしめるためでした。
そして、その時に演奏された音楽が最近復元されました。
その一つが「御座楽 うざがく」 中国大陸の雅楽で、中和韶楽そのもののようです。


沖縄戦でわかること 


大正生まれで戦時中女学生として、軍需工場での労働に動員されていた、二人の伯母は
軍人から青酸カリを配られていて、敵が攻めてきたらこれを飲めと言われていたそう。
本当は沖縄戦に限らずですが
その戦争で分かったことは
軍隊は住民を守らない
巻き込む
犠牲にするということ

「国民を守るため」なる大義に説得力はありません。




1 私があなたに 惚れたのは 
  ちょうど十九の 春でした
  いまさら離縁と 言うならば 
  もとの十九に しておくれ

2 もとの十九に するならば 
  庭の枯れ木を 見てごらん
  枯れ木に花が 咲いたなら 
  十九にするのも やすけれど

3 見捨て心が あるならば 
  早くお知らせ 下さいね
  歳も若く あるうちに 
  思い残すな 明日の花

4 一銭二銭の 葉書さえ 
  千里万里と 旅をする
  同じコザ市に 住みながら 
  会えぬ我が身の 刹那さよ

5 主さん主さんと 呼んだとて 
  主さんにゃ立派な 方がある
  いくら主さんと 呼んだとて 
  一生忘れぬ 片思い

6 奥山住まいの うぐいすが
  梅の小枝で 昼寝して
  春が来るよな 夢を見て
  ホケキョホケキョと 泣いていた

7 私があなたを 想う数
  山の木の数 星の数
  三千世界の 人の数
  千里浜辺の 砂の数

8 雲の切れ間に 満ちる月
  あなたはなんて 無情なの
  想い願いは 幾度なく
  会えぬ月日は 幾日か





最初、韓国朝鮮語のように聴こえましたが
沖縄、首里、那覇を中心にした言葉のようです。

沖縄の言葉で、おじいさんを「オジイ」 おばあさんを「オバア」
などと、ドラマなどで耳にしますが
厳密には沖縄大和口(うちなーやまとぐち)、沖縄風日本語だそうで
首里地区以外の現那覇市では、おじいさんは「ウスメー」 
首里では「タンメー」というとのこと。

このベティちゃんは後半におじいさんに向かって「タンメータイ」と言ってますから
首里なのではと推察されます。
女性が呼びかける時は、「タンメータイ」 男性言葉は「タンメーサイ」

那覇も、首里、那覇、小禄 と分かれていて、アクセントもイントネーションもそれぞれ違うようです。

沖縄の言葉を、通常「沖縄弁」というのは本来は違うのですが
言語も今、ユネスコでは遺産にとの取り組みがあり
全世界で6000前後あるといわれている言語のうち、2500言語が消滅の危機にあるとのこと。
そのうち、日本では、アイヌ語、八丈語、奄美語、沖縄語、国頭語、宮古語、八重山語、与那国語
の8言語。
日本は単一民族神話が手伝って、日本語という一つの言語のように思われがちですが
実は多様性があるということです。
欧米や中国では、少数民族はそれぞれの学校で教えています。
最近、北海道からの発信にアイヌの挨拶「イランカラプテ」がよく目にするようになりましたが
その他にも、宮古や八重山など、それぞれに伝えていく取り組みも広がりつつあるようです。

東日本大震災後に、ネット発信する方に、標準語ではなく、普段使う言葉で書いてみたら
と提案したところ、そのことで、それまでの気持ちから変化を感じるようになった
そのように仰った方がいました。

いわゆる方言も含め、言葉には、手話や指、機会を使う言語もありますが
コミュニケーションの手段という次元を超えたものを感じて仕方ないです。



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