このイメージ図を作成するために、何度も会議を行っています。 転載元 小さな命を考える会様 ブログ
先日、NHK 証言記録 あの日わたしは に2度目の出演をされた佐藤敏郎さん
その中で、「今も(大川小学校の)校舎があることで、子どもたちが楽しい日常を過ごしていたことを
よりリアルに伝えることができる」と仰ると。
年間10万人の人が訪れる大川小学校が、伝承から外れているのは
普通に違和感でしかないです。
佐藤さんは訪れた神戸の若い教員の研修者に こう伝えていました。
「今 ここは特別な場所になってしまいました。『あの大川小学校』と言われます。
でも特別な場所でも何でもなくて、普通に子どもたちが笑って泣いて学び遊んでいた場所です。
特別じゃない時に特別じゃない場所に災害がやってきます。
西日本豪雨だって大阪の地震だって、阪神大震災だって関東大震災だって
被災地と呼ばれる前までは、特別な日じゃない、特別ななじゃない場所だったわけで
そこに(災害が)来るんです」
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要談「大川小学校」
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山口市議、共産党の水澤さん、ニュー石巻の阿部さん、 |
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出典 河北新報オンライン様
東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、学校幹部と市教委の組織的な過失を認めた仙台高裁判決を不服とし、市が上告する方針を固めたことが7日、分かった。亀山紘市長は上告関連の議案を市議会に諮るため、丹野清議長に臨時会の招集を伝える。県も同調する見通し。上告期限は10日。 |
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今年度で閉校が決まっていた 現「石巻市立」大川小学校の閉校式が明日行われるとのこと。
二俣小学校と統合されこの4月から二俣小学校となります。
釜谷小学校として明治6年 1873年に設立され
145年の歴史に幕をおろします。
1985年に完成した校舎は保存の方向で決まっています。
写真 一枚目 二枚目は 大川小学校校舎に掲げられ展示されていた
大震災発生前の同校校舎と
津波が襲来直後 2011年3月11日17時頃に撮影された写真。
三枚目は 校舎すぐ裏の山の中腹より
2016年11月撮影
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止まった刻 検証 大川小事故 第1部 葛藤(1)裏山へ避難 食い違う証言
転載元 河北新報オンライン様
大川小事故「助けられなくてごめん」星空の静寂に命思う
転載元 河北新報 オンライン様
宮城県石巻市の今野浩行さん(55)、ひとみさん(47)夫妻は今年も大川小で年を越した。「助けられなくてごめん」。祭壇に静かに手を合わせ、語り掛ける。 <大川小>宮城県石巻市釜谷地区に立つ大川小は、太平洋の追波湾に注ぐ東北最長の北上川(延長249キロ)の下流域にあり、河口から約3.7キロ離れている。 |


