最大震度7を記録し、死者68人、重軽傷者4805人を出した2004年の新潟県中越地震から13年を迎えた23日、道路が寸断され、全村避難を余儀なくされた旧山古志村(現長岡市)で住民らが参加し追悼式が行われた。 |
要談「国内被災地」
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1993年7月12日に発生した、北海道南西沖地震、奥尻島の津波から24年となります。
個人的に、「津波」というものを意識したのが、「奥尻島」でした。
それまでも、日本海中部地震などで津波のニュースを覚えていますが
まだ子どもだったこともあり、まったく関心が向かないままでした。
奥尻島は、リアリティは無いものの、津波による被害というのを、最初にリアルタイムで見たので
未だに強い印象が残っていますが、阪神・淡路大震災発生前でもあり
やはり、遠い場所の出来事として、消化していました。
それから10年後、インドネシア・スマトラ島沖地震・津波の映像で
町の中を津波が勢いと高さを増して、どんどんと押し寄せていく様子を見て
これが津波かと、その威力の凄まじさを脳裏に焼きつけられました。
2011年3月11日の地震発生のあとに、スマトラの映像が頭にあり
またその直前に、たまたまテレビで観た津波の実験映像を念頭に
津波の威力をこのブログで発信したのを、今も覚えています。
しかし、東日本大震災の津波は、想像以上で、観ているしかないことに
やりきれなさを感じました。
その後から昨年まで、何度も現地を訪れ、人生観が一変しました。
自然災害はどこで、いつ起きてもおかしくない
というのが、最大の備えだという意識を、確認したいものです。
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連日の豪雨災害の報道に、心が痛みます。
現在発生している九州北部の災害でも
その地域、ひいては社会が抱える深刻な問題が
様々な形で、被害を大きくしている側面を感じます。
高齢社会、産業の後継者不足、インフラの老朽劣化など
こうしたことからも、どこで起きてもおかしくない災害ということを感じますが
当方地元では、ここは大丈夫、うちは大丈夫、自分は大丈夫、大阪は守られる
って会話、よく聞きます。
そこからすでに災害が起こっているということでしょう。
そして、避難所も指定するだけでなく
避難所の設備、備蓄などの見直しも、もうそろそろやってほしいものです。
この時期の、捜索、復旧、泥出し作業など、本当にキツイです。
特に、普段そういう作業などに従事していない人のボランティアは
体力的に負担が大きいと思います。
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がんばらなくて よか、がんばらなくて よかよ。
泣いてよか、安心して泣いてよかよ。
がんばれなくて当然です。
今までがんばって、がんばって、がんばってきたんだから。
がんばれない人がいるのが、自然なことだからね。
「被災者」になったら、いっぱい手続きが増えて、いっぱい列に並んで
何度も役所に行って、知らない人からいっぱい声をかけられ
テレビや新聞や雑誌に撮られ、やったこともない日曜大工をさせられたり
そうして、がんばって、がんばって、前を向いて進んできて
それでも、がんばれ、前を向こう、顔をあげよう、笑顔を作ろうと
励まされ続けて
泣くことも忘れて、現実すら受け入れられず、ひたすらがんばって
節目がきたらメディアがこぞって来て
過ぎたら見向きもされず、そこにすら入らない人も沢山いて
「被災者」のために何かしている 私うれしい、私たのしい、わたし大好き
の県外から笑顔を要求され、追い立てられて、がんばってきたんだから
がんばれないなら、がんばらなくていい。
つらい、しんどい、苦しい、泣きたい、なにもする気がしなくなった
って吐けばいいですよ。
生きて、生活をして、人と関わるだけで
無声の「がんばれ圧」を感じる社会ですからね。
がんばれる人もいて、がんばらなくては生きていけないと思う人もいて
がんばれない人もいて
でも、がんばらなくていい、泣いたらいい って思っている人が
沢山そっと見守っています。
こういうことも、差し出がましいですが
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御嶽山噴火から2年経って出版された本。あの噴火の時に頂上火口付近にいた生存者の1人です。 |


