エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

要談「国内被災地」

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北海道南西沖地震(奥尻島地震・津波)が発生したのが、1993年7月12日、今年で20年目。
地震が起きたのは夜の10時をまわっていて、推定震度6の烈震が起こった後、約3分で津波の第一波が到達。
202名の方が亡くなり、日本とロシアで30名の方が行方不明の大震災でした。
その1年半後に阪神淡路大震災が発生しましたが、それまで火山が無いという理由で、関西には地震は起こらないと広く信じられていました。
驚いたことに、未だにそれを言う人がいることです。
 
奥尻島ではその後、防潮堤の建設などで注目を集めましたが、20年の佳節をむかえる前に
『復興』について情報を集めて、今後に生かしていきたいと思います。
奥尻島に向かっている人もいます。
 
 
 
 
 
 
 
閲覧に注意
動画には地震、津波、辛い情報があります
無理な閲覧は控えてください。
 
 
1993年07-12 奥尻島
 
東日本大震災で被災され、仮設住宅に早く入れた方だと、仮設の生活がもう2年近くも続いてることになります。
そこで懸念されるのが、いわゆる生活不活発病。
実際に増加の傾向があり、さらに宮城県は4月から、被災した国民健康保険加入者の窓口負担免除措置を打ち切られているために、キツイとの声も聞かれます。(岩手、福島は継続)
阪神淡路大震災でも、2年目、3年目から大変な時期になってきましたが、東北沿岸部の仮設住宅でも
心配してきたことが、実際に起こっています。
早い時期から、女性の産後うつが言われていましたが、今日の岩手日報紙には、以下のような記事も。
 
生まれ育った家、町ごと失った方々は、いわば心の原風景を失われました。
このことは、大変大きなダメージです。頑張ろうっとするときに、力が出しにくかったりもします。
 
自己責任、自助強要で押しつぶすのが今の社会ですが、ここを変えていかないと、いけないと痛感しています。
先日、岩手県の仮設住宅で、住民の交流を主眼にした取り組みの記事を見ました。
こういう取り組みが、継続的に行われるように、協力していきたいです。
また被災地を忘れない、と言っても、何を忘れないのかが大切だと感じています。
沢山の課題はありますが、財産や家は壊れても、心の宝は壊れない「心の福光」のために
私たちは何ができるのか、行動の中から知恵を湧かせていきたいです。
【不安やうつなど悩み多く 12年度岩手県の女性相談】
岩手日報  2013年6月16日
東日本大震災の被害が大きかった岩手県、宮城、福島3県の女性を対象に内閣府が実施した悩み相談の件数が、2012年度は5573件に上ることが15日、分かった。不安や孤独感を訴える声が多く、癒えない傷を抱える被災地の女性の実情が浮き彫りになった。
 相談は内閣府が3県と共催する「女性の悩み・暴力相談事業」。電話か面談で女性支援の相談員が無料で相談に応じる。宮城県が男性からも受けていることなどから男性の478件も含まれるが、9割が女性。
 岩手県の悩み相談は1283件(うち女性1272件)。年代別では、40代が351件(27・4%)で最も多く、30代が216件(16・8%)、50代が213件(16・6%)で続く。
 相談内容(複数回答)は不安や抑うつなどの「心理的問題」が最も多く834件(26・7%)。次いで、親やきょうだい、子どもとの関係など「家族問題」の455件(14・6%)、「生き方」の411件(13・2%)。3県のうち唯一、家族問題の件数が生き方の件数を上回った。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20130616_4
 
私自身も軽度ですが発達障があり、ウツ、統合失調症を超えてきましたが、その経験から思うのは
絶対に孤独に追い込まないことだと思っています。
人を大切にする、尊厳を守るとは、孤独に追い込まないことではないでしょうか。
ウツなどと聞くと、そっと一人にしてあげた方がいいとされてますが、私は違うと感じてます。
そして、病気ではなく、人の肩を借りてやっていけます。
同苦、共感、協働が今求められているのではないでしょうか。
 
1991年6月3日 雲仙普賢岳火山災害 大火砕流が発生 多くの方々が犠牲になりました。
もう知らない世代、記憶に無い世代が大人になってきていますね。
 
この2年後、1993年7月 北海道南西沖地震(奥尻島大震災)が発生、(翌年も発生)
地震から1〜2分で津波の第一波が到達しました。
南海トラフ地震の津波は、東日本大震災より、奥尻島を参考にした方がよいかもしれません。
 
同年の8月には鹿児島豪雨がありました。
 
さらにその2年後、1995年1月 阪神淡路大震災
 
その2年後、日本海重油流出事故災害
 
また2年後の1999年から、夏のスコール、いわゆるゲリラ豪雨や梅雨前線豪雨による被害が際立ってきました
翌年には三宅島噴火
 
2001年は渇水の後に台風のあいつぐ襲来と豪雨、と極端な水害と、芸予地震、
 
その後、九州、北陸、信越、岩手宮城内陸など、地震・津波も相次ぎ、豪雪、豪雨、噴火など
自然災害の多さを実感します。
そのたびに、多くの方が亡くなり、行方が分からなくなっています。
(書き方が簡単で、恐縮なのですが)
 
最近は四季がなくなり、暑いか寒い、の季節が二つになった気もします。
住んでいる地域で感じ方は違うでしょうが、本州は琉球時代の沖縄の気候になったとも聞きます。
暮らしや、住環境など、意識や計画、政策の変化も必要かと思いますね。
 
 
長野県北部地震 と称されることが多いですが
地元では栄村大震災と呼称されています。
 
東日本大震災発災の翌日の未明に震度6強 震度6弱が相次いで3度発生。
以下の被害状況が出たとのこと。

・けが 16人
・死者 3人(いわゆる関連死)
・避難者数 1787人
・580人、一時孤立
・多くの地区が断水
・計400世帯で停電
・51棟が全半壊し
・道路 各地でひび割れや陥没が発生
・県道で路肩が50メートルほど崩落
・国道117号 通行止め(飯山市内から新潟県境まで)
・JR飯山線 3カ所でレールが宙づり
・森宮野原駅のホーム 一部が損壊
・全村民804世帯2042人に避難指示(秋山地区を除く)

【野沢温泉村】
・一時1340世帯が停電
・一部建物の決壊・崩落
・十数台のゴンドラがレールから落下
何度も取り上げている木村琉大名誉教授のホームページで
24日に更新された情報によると
千葉県の北東部にこれまで見られた「地震の目」の活動が活発化
 「ただし、本震の予想深度は地下数十キロと計算されます。地表の揺れはかなり軽減されると思われます。」としている。
また
菅首相は、浜岡原発の原子炉停止要請の根拠として、政府地震調査委員会の、今後30年以内に東海地震発生確率87%をあげています。しかし、政府が起こるとしている予想震源域に、巨大地震を発生させるほどのエネルギーがあるようにはみえません」
とも報じている。
一つの学説として参考にしています。

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