エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

放談「文化・歴史」

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
朝鮮人を虐殺から守った香具師・テキヤ
香具師、テキヤというと、今では、暴対法の対象となり、反社会勢力というレッテルを貼られています。
確かに、親分・子分など、暴力団と同じ秩序構造を持っていますが、決してそうではない。

例えば、暴力団は、「義理の世界」だと言われています。しかし、この「義理」は、現在「仁侠」とはかなりかけ離れ、襲名などの時の「祝儀」と化しています。

しかし、香具師・テキヤは、じっさい、商売をしている。
例えば、啖呵買(たんかばい)など、大衆芸能的要素で、物を売るのです。

香具師の代表的存在である、倉持忠助は、われわれは侠商と言われているが、違う、われわれは小資本の実業家である、と明言し、東京市議(当時は東京市があった)にまでなり、露天商への電気代が通常の八倍とかで、途中でピンハネがあったりしたのを、東電(今の東電の前身の東京電燈会社)に掛け合って、露天商の自主運営体を造って、値引きさせています。

香具師の大親分・極東桜井一家関口初代の、関口愛治は、関東大震災にあいます。
桜井一家や関口の伝記ともいうべき『桜道の譜』には、関東大震災後の朝鮮人虐殺の模様が克明に描かれ、「軍、警察が自警団を扇動しながら、この狂人的な暴挙の結果を一般民衆のせいにした」と糾弾しています。
また、まだ侠気があった博徒たちも、この「暴挙」に対して声を上げます。

関東博徒の大親分 「河岸の佃政」こと、佃政一家初代総長、金子政吉は、自警団と警察に襲われ、追われる朝鮮人数千人をかくまい、「お前は日本人の敵」と罵られながら、子分たちに、朝鮮人の警備をさせています。

Rédacteur social et activiste 

※朝鮮人=関東大震災発生当時の呼称

因果論は仏教にあらず

承前

先の転載記事、「差別の中 協力を強いられ」の冒頭

障害者は古来「前世や先祖の悪行の報いを受けている」という因果応報思想からくる差別を受けていた。

と述べておられます。
これは現在も根強く残り、他人の苦しみや悩み
病気や障がい、貧困、社会に適合できない人などに対して
「あなたは業が深い、過去世に正法(ただしい教え)を悪く罵った、その報いで今の苦しいのだ、あなたはその罪を詫びて、罪を滅していきなさい」
と、誰にも見えない「過去世」などを持ち出して、もはや脅迫としか思えない
この因果応報思想、因果論、宿業論というもので、自己責任を押し付けて突き放すという蛮行が行われています。

自己責任で突き放すことは、その相手に関わることをする必要もなく楽であり
なによりも、権力者にとって、庶民を押さえつけるのにとても都合のよい思想でもありますが
こうした、宿業論や因果論というものは仏教だと思っている人が、あまりにも多いのも現実で、仏教を信仰している人の中にも多い。

社会の中で、生きづらい思いをしている人や、苦しい立場、弱い立場に追い詰められている人に寄り添い、支援している人たちの共通認識が
この自己責任論によって、より追い詰められ、苦しんでいる、ということです。

日本人が忘れてはならない世界に類をみないハンセン病患者隔離政策
この時も、仏教僧侶に、過去の罪業によって今がある、と説き伏せて、あきらめさせ
人間扱いしない隔離施設に閉じ込めました。
ハンセン病の方に加え、被差別部落の方、心身に障がいがある人に対して
「それは君たちが過去に行ってきた悪業の罪なのだ。悪いのは君たちだ。お上は何もしなくてもよい。ただ君たちは来世のため、お上に刃向かってこれ以上の悪業を積まぬようにしなさい」
と抑制し、そして一般にその考えが浸透していきました。

過去の罪業によって次の人生が決まるというのは、古代インドのバラモン教で説かれており、輪廻(りんね)という生まれ変わりというのもバラモンの教えであり
しかも、それは差別と関係をもってきます。
バラモンとは今のヒンドゥにつながる、古代インドの思想で
白系騎馬民族が、インドの地域を支配し、厳格な身分制度強いて差別秩序で国を支配するために生みだされた思想で
白系民族の中に最上級のバラモン司祭、そして貴族や騎士、一般市民と続き
その下に有色系先住民族の奴隷、そして人間ではない人間という階級を強いて
反抗を抑え、差別 身分制度を合理化しました。
そこに生まれたのは、過去の行いが悪いからだ、という因果論は支配者、権力者には都合のよい思想です。

それが、釈迦の時代のあとに、様々な経典が綴られていく過程で
過去現在因果経などにバラモンの考えが混入されていったり
日本では江戸時代の幕府の政策など、様々な要因で、因果論と仏教が結びついた経緯があります。

バラモンは何を説き、ブッダはなにに抗ったのか

先月亡くなられた、元自衛官でアクティビストの泥憲和さんが、亡くなられる直前に
自身の信仰である浄土真宗をとりあげ、宗教観、仏教観、人生、社会について、連載で綴られておられ、泥さんの行動や思想に、そうした反差別、反権力、非暴力の平和主義という仏教に根ざしていたことに深い感銘を受けました。

泥さんの投稿には
◆バラモン教とはどういう教えなのか
.
 司祭バラモンは、奴隷である他民族にいい渡します。
.
「お前たちは弱く、黒くて醜く、貧しい。我々は強く、白くて美しく、豊かだ。なぜだかわかるか。それはお前たちが前世で悪いことをした報いを受けているのだ。つぎに良い身分に生まれ変わりたければ、バラモンの教えに従って善い行いをせよ。善い行いとは、すなわち我々に絶対的に服従することだ。従わなければ、来世もまた、いまのような暮らしが続くだろう。これが宇宙の意思である。この世とあの世をつらぬ く法則である。この法則から逃れられるものは、一人もいない」
.
 人々は奴隷として何百年も貧しく苦しい暮らしにあえぎながらも、こうした教えに身も心もきつく拘束されて、反抗もできませんでした。
 反抗すれば来世もまた同じように見下げられて動物のような暮らしが続くのですから。
.
◆新興宗教・仏教の誕生
.
 こういう世界に現れた釈迦族のゴータマ・シッタータの教えは、全然違っていました。
「諸行無常である。変わらぬものなどない」
「諸法無我である。宇宙に意思など存在しない。この世とあの世をつらぬく不変の法則も存在しない」
「人は生まれによってバラモンになるのではない。その生き方によってバラモンとなるのである」
.
 この教えは人々に希望を 与えました。
 バラモンの繁栄はいっときのことだ、こんな世の中はいつまでも続かないのだと。バラモンのくびきに繋がれている必要はないのだと。生まれ変わってもまた苦しみが続くなどということはないのだと。

とても分かり易く書かれていました。

●もうすこし踏み込みますと

因果論、業報因果論・宿業論、こうした業論は部派仏教にみられるようですが
ブッダはむしろ、因果からの解放を説きました。

専門的になりますが、ある書籍からの引用です。
バラモン教の聖典中、最も重視されているウパニシャッドの一つ、『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』で、ある王が次のように述べています。

 「この世において、行いの好ましい人々は、来世において好ましい母胎に入る。
すなわちバラモン階級の母胎、王族階級の母胎、市民階級の母胎に入ることが期待されよう。
し かし、 この世において、行いの汚らわしい人々は、来世において汚らわしい母胎に入る。すなわち、犬の母胎、豚の母胎、そして賎民の母胎にはいることが予測される。
 そして、何度も何度も生まれかわるこの下等なものたちは、(天上に赴く)二つの道のどちらも通らないのである」(Ⅴ.10)

 生まれることに対して、私たちは自己決定権はありません。
物心がつき、気づいてみると今の境遇に生まれていたのです。
それを過去世の罪業だとして、差別してゆく。差別が存在するのは差別する社会に問題があるのではなく、差別される側に過去の悪業があり、差別されて当然だ、というのです。
しかも、この因果論には、バラモンは上、賎民は下等という大前提があるのです。

 ブッダの立場は違いました。ある時バラモンの修行と哲学を修めたアッサラーヤナとい う青年がブッダに質 問をします(マッジマ・ニカーヤ93)。

 「バラモンたちは『バラモンこそが最高の階級で、他は劣っている。バラモンだけが白い階級で、他は黒い階級である。バラモンだけが清らかな階級であり、他は汚れた階級である』と言います。あなたはどう考えますか」
 ブッダの回答はこうです。
 「違います。バラモンの妻であっても、バラモンが不浄とする月経があるでしょう。妊娠もするし、赤ちゃんに授乳もします。他の階級の人間とどこに違いがあるでしょうか。ともに母から生まれた人間なのです」

 「アッサラーヤナよ。バラモンだけが憎しみなく、友愛の心を持てるというのか。王族は持たないのか。市民階級は持たないのか。奴隷は持たないのか」
 「石鹸を持って川に行ったとき、バ ラモンだけが体をきれいに洗えるのか。王族は洗ってもきれいにならないのか。市民階級も、奴隷もあらってもきれいにならないのか」
 
明確です。皆母から生まれた人間なのです。問題はその等しい立場の人間として、憎しみの心を持つのか、友愛の心を持つのかなのです。憎しみの心を持つか、友愛の心を持つかについては、私たちには自己決定権があります。ブッダが問うのはそこなのです。
 別の話も記録されています(サンユッタ・ニカーヤⅠ・7)。

 スッディカ・バーラドヴァージャというバラモンがいました。彼は悩んでいました。清浄なはずのバラモンたちがさまざまな欲望の虜になっているのです。その疑問を彼はブッダにぶつけました。ブッダは言います。

 「たくさんの呪文をぶつぶつとバラモンは唱えている。そのような呪文をいくら唱えても、人は生まれによってバラモン(ここでは身 分としてのバラモン ではなく、聖者というほどの意味)になるのではない。その者たちの心は汚物に汚れ、虚偽に満ちている。
 王族でも、バラモンでも、市民階級でも、奴隷でもチャンダーラやプックサ(ともに最も差別された人々)でも、真面目に努力し、勇気をもち実践する人は、最高の清浄の境涯に達する。このような人こそが真のバラモンと知れ」


 これがブッダの立場でした。ブッダは宣言します。「人が生まれた階級を誇り、財産を誇り、家系を誇り、親戚すらも軽べつするならば、それは破滅の兆しである」(スッタニパータ104)


九州各地に刻まれた戦争の記憶と傷痕。それは多世代や地域を結び直し、今この 時代を考える一つの扉なのかもしれない。戦争とは何だったのか。証言をつなぎ、実像に迫る。



障害者は古来「前世や先祖の悪行の報いを受けている」という因果応報思想からくる差別を受けていた。
明治時代に徴兵制度が敷かれると、そこに「軍人になれない」という新たな負の評価が加わった。「役立たず」「穀潰(ごくつぶ)し」「非国民」といった批判にさらされた上、家の中に閉じ込められた人もいた。
 空襲が始まると、障害者は「足手まとい」との論調も出てきた。京都府立盲学校で行われた生徒向けの講話では「食べ物に不平を言わない」「人手を煩わせない」「かんしゃくを起こさない」ことは戦争貢献になると説かれた記録がある。
いかにも正しいように聞こえるが、現実には、障害者に負担を強いるものだった。
 学童疎開でも障害者への差別があった。国民学校の疎開先は行政が責任を持っていたが、盲・聾(ろう)学校などは学校長や教職員が自ら探した。
戦後の復帰も後回しになり、東京の光明特別支援学校の場合は4年もかかった。長崎の佐世保盲唖(あ)学校のように、空襲で焼失して廃校になったところもある。
 障害者も戦争協力を求められたが、そこには社会参加という意味付けがなされた。各地の盲学校ではマッサージ技術を生かした軍人や労働者への治療奉仕、音楽慰問や食料増産に取り組んだ。
弁論大会の記録を見ると、奉仕活動を通じて「こんな私でもお国の役に立てる」と語られていた。障害者への重圧がうかがえる。
 視覚障害者の聴覚を活用しようとした例もある。来襲する敵機をいち早く発見するため、戦闘機の音を聞き分ける訓練が行われ、監視要員として石川県では実際に配置された。
戦争初期は目の良い健康な男性が従事していたが、人手不足になると女性が、続いて視覚障害者が駆り出されたのだ。
 一方で戦争は障害者のケアを進展させた側面もあった。
日露戦争で多くの傷痍(しょうい)軍人が生まれたのを機に、国は「廃兵院」を設置。国民の戦意喪失を避けるために、傷痍軍人の治療と社会復帰に取り組む必要があった。視覚障害者にとっては、失明軍人に対して盲学校の教員になる道が開かれたり、工場で働く試みが始まったりしたことが、環境改善の足掛かりとなった。
 視覚障害の研究も進んだ。銃の照準を合わせるための視力を持った人材を漏らさず確保するため、視力や色覚検査が発達した。
徴兵検査でうその視覚・聴覚障害を見破るポイントを列挙したマニュアル本も残っている。子どもたちに対しても、当時失明の一要因となっていた感染症予防が重視された。「目は武器」と見なされた時代、人間は尊厳を備えた存在として扱われず、殺人兵器と見なされた。そんな社会は障害者だけでなく、健常者にとっても幸せとは言えないだろう。

きし・ひろみ
1949年、島根県生まれ。広島大教育学部卒。74年から京都府立盲学校教諭。現在は非常勤講師。2012年から日本盲教育史研究会事務局長。13年から滋賀大学非常勤講師も兼任している。盲学校の教壇に立つ傍ら、視覚障害者の戦争体験談や資料を収集してきた。「点字毎日」や専門誌への寄稿多数。

転載元


裏切られたと感じている労働者階級の人々を政界のエリートたちが説得できない限り、英国はEUから離脱するだろう
2週間前にそう言ったのはオーウェン・ジョーンズだった。

二つに分断された国

「おーーーー、マジか!」 
という配偶者の声で目が覚めた。離脱だという。
子供を学校に送って行くと、郵便配達の仕事をしているお父さんがロイヤルメールの半ズボンの制服を着たまま娘を学校に連れてきていた。
「まさかの離脱だったね」と言うと、彼も「おお」と笑った。
彼とは昨日も学校で会い、EU離脱投票の話をしていたのだった。昨日の朝は
「残留みたいだね、どう考えても」「ああ、もうそんなムード一色だな」みたいな話を2人でしていたのだった。昨日、彼はこう言っていたのだった。
「俺はそれでも離脱に入れる。どうせ残留になるとはわかっているが、せめて数で追い上げて、俺らワーキングクラスは怒っているんだという意思表示はしておかねばならん」
が、追い上げるどころか、離脱派が勝ってしまった。
しかしわたしたちは英国でもリベラルな地域として知られているブライトンの労働者だ。「離脱」(青)と「残留」(黄)票の全国マップを見てみると、英国中部と北部は「離脱」で真っ青だ。「残留」の黄色はロンドン近郊やブライトンなど南部のほんの一部、そしてスコットランド、北アイルランドだけである。
この国は明確に二つに分裂している。中部と北部 VS ロンドンとその近郊を含む裕福な南部+辺境地域(ウェールズを除く)。
わたしや郵便配達のお父さんは南部の労働者だが、きっと中部、北部の労働者たちはもっと怒っていたのだろう。

リベラルの中にも離脱支持はいた

離脱投票の前に気づいたのは、もはや一国の中で「右」と「左」の概念が揺らいで混沌とした状態になっていたということだ。
一般に、EU離脱派陣営は、保守党右派のボリス・ジョンソンやUKIPのナイジェル・ファラージが率いた「下層のウヨク」であり、これは「英国のドナルド・トランプ現象」と理解されていたようだが、地元の人々を見ている限り、こうした単純なカテゴライズは当てはまらない。
「離脱」に入れると言っていた下層の街の人々は、わたしや息子に一番親切で優しく、何かにつけて助けてくれるタイプの組合系レフトの労働党支持者たちだし、レイシストにはほど遠い感じの人たちだ。それに、ふだんはリベラルで通っている人々の中にも、最後まで迷っている人が多かった。
こうした人々の苦悩はコラムニストのスザンヌ・ムーアが代弁していたように思う。
離脱を支持する人の気持ちがわかってしまうのだ。(中略)「古いワインのような格調高きハーモニー」という意味での「ヨーロッパ」の概念はわかる。が、EUは明らかに失敗しているし、究極の低成長とむごたらしい若年層の失業率を推し進める腐臭漂う組織だ。ここだけではない。多くの加盟国で嫌われている組織なのだ。
それに、自分なりのやり方でグローバル資本主義に反旗を翻すためにも、私は離脱票を投じたくなる。が、二つの事柄がそれを止める。難民の群れに「もう限界」のスローガンを貼った悪趣味なUKIPのポスターと、労働党議員ジョー・コックスの死だ。(中略)だが、ロンドンの外に出て労働者たちに会うと、彼らは全くレイシストではない。彼らはチャーミングな人びとだ。ただ、彼らはとても不安で途方に暮れているのだ。それなのに彼らがリベラルなエリートたちから「邪悪な人間たち」と否定されていることに私は深い悲しみを感じてしまう。
出典:Guardian:"What does this vote mean if one feels utterly powerless in every other way?" by Suzanne Moore
労働党左派もこのムードを感じ始めたから、潔癖左翼のジェレミー・コービンでさえ「移民について心配するのはレイシストではない」と言い始めたのだろう。オーウェン・ジョーンズらの左派論客や、労働党議員たちもある時期から同様のことを言い出した。戦略を切り替えたのだ。怒れる労働者たちを「レイシスト」と切り捨ててはいけない。むしろ、彼らをこそ説得しなければ離脱派が勝つと判断したからだ。
そもそも、反グローバル主義、反新自由主義、反緊縮は、欧州の市民運動の三大スローガンと言ってもよく、そのグローバル資本主義と新自由主義と緊縮財政押しつけの権化ともいえるのがEUで、その最大の被害者が末端の労働者たちだ。
だから、「大企業や富裕層だけが富と力を独占するようになるグローバリゼーションやネオリベや緊縮は本当に悪いと思うけど、それを推進しているEUには残りましょう」と言っても説得力がなく、そのジレンマで苦しみ、説得力のある残留の呼びかけができなかったとしていよいよ退任を迫られそうなのがジェレミー・コービンだ。
「貧困をなくし、弱者を助ける政治を目指す」と高らかに言って労働党党首に選ばれた人が、グローバリゼーションと緊縮財政のWパンチで「移民の数を制限してもらわないと、賃金は上がらないし、家賃は高騰するし、もう生活が成り立ちません」と訴えている当の貧民たちに、「そんなことを言ってはいけません。自由な人の移動は素晴らしいコンセプトです」と言っても、いまリアルに末端で苦しんでいる者たちには「はあ?」になる。

離脱派のリーダーはいなかった

UKIPのナイジェル・ファラージが喜々として勝利宣言を行い、「今日は国民の休日。英国の独立記念日だ」などとまたキャッチーなことを言っていたが、ガーディアンのジョン・ハリスは全国津々浦々のワーキング・クラスの街を離脱投票前の1週間取材し、「労働者階級の離脱派を率いているのはUKIPのファラージでも保守党右派のボリス・ジョンソンでもなく、人々のムードそのものだった」と気づいたそうだ。左派ライターとして知られる彼も、ワーキングクラスの街を回るにつれて自らの考えが揺らいできたことを認めている。
このワーキングクラスのムードの根底には何かきわめて重大なことがあるのではないかと気づいている左派の人々でさえ、まだ彼らのことを、「自分たちとは違う思想の人々に率いられて崖っぷちに向かっている愚衆。もっと物をわかってくれたら」と考えたがっている。だが、僕が会った人々は実のところ誰にも率いられていない。僕の経験から言えば、これらの人々のほとんどは、ファラージやボリス・ジョンソンを、残留派の人々と同じぐらいに懐疑的な目で見ている。
僕たちは二つのことを覚えておかねばならない。まず、EUから離脱したい人々の多くは、自由な人の移動がもたらせた結果について心配し、怒っているのだということ。(中略)二つ目は、ファラージやジョンソンがEU離脱を利用して、生き残りたければ自分で何とかするしかない社会へのスピードを加速化しようとすれば、おそらくそれについていくだろう労働者階級の人々もいるということだ。
僕は喜んでこんなことを書いているのではない。僕は近代の保守主義を憎悪するし、残留に票を投じるつもりだ。だが、左派が復権するためには、こうしたことを胸に刻んで行動することが今後は必須になるだろう。
出典:Guardian:”The UK is now two nations, staring across a political chasm" by John Harris
緊縮財政と「自由な人の移動」は致命的なミスマッチだ。この二つは合わない。
なぜなら、その犠牲になるのは末端労働者たちであり、英国の場合、この層はいつまでも黙って我慢しているような人々ではないからだ。
子供を学校に送った帰り道、車の上に4本聖ジョージの旗をたてている近所の離脱派の中年男性が車内に掃除機をかけていた。
「離脱だったね。大変なことになるってテレビも大騒ぎしてる」と言うと彼は言った。
「おう。俺たちは沈む。だが、そこからまた浮き上がる」
残留派のリーダーたちにはこのおじさんや郵便配達のお父さんや、ストリートのリアルな生活者の姿が見えていなかったのである。

フレディみかこ
1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。2016年6月22日『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)発売。ほか、著書に『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。
手軽感のあるSNSと違い、最近告知ばかりだったブログでしたが
書きたいことは毎日山ほどあるのに、なかなか時間がとれませんでした。

先日は2年ぶりにケニアの生の音楽、そして3年ぶりにマゴソスクールの方にさらに、はじめて
マゴソスクールの創立者の一人と、現在教頭を務める、ママ(母)とババ(父)に会いました。
ポレポレツアーは、東京、長野、岐阜で行われますので、都合のつく方はぜひとも。
人生観が変わります。

2年前には同じケニアのマサイの戦士夫妻も来阪されて、これまた人生観を変えてくれる、お話を沢山うかがいました。2014年の4月に、5回にわたって記事にしております。

さて、最近、「不倫」という言葉をメディアを通じて、目に、耳にしてしまいます。
そして、なにやら謝罪か釈明かしりませんが、会見をするという奇妙な現象が続いていると・・・
当事者の有名人が謝罪や会見などをせざるえない状態にさせられているのかもしれませんが
メディアって、とても高みにいらっしゃるんですね。

そういう次元のものとは違う、ケニアの話し
ケニアは伝統的に一夫多妻があったところに、法制化しています。
その是非は一切論外にして
今まで、ケニア・マサイ族の方や、スラムの子どもたちが語る一夫多妻は
男性とその複数の連れ合い、そして夫人同士がとても仲が良いということです。
一夫多妻と不倫を同じテーブルで論じる意図はないんですが
どうやら、多くのケニアの人には、結婚した連れ合いを、自分だけのもの、という意識もなく
それぞれの視線は外に向いているようです。
大切にしあい、信頼しあっていて、また、奪い合うという発想が無いので
二人が内向きになっているのではなく、信頼があるから、それぞれが外に向いて
助け合う、ということが、善意とかボランティアとか社会活動とか、わざわざなにかに奉るのではなく
それが自然なこととして、日常を送っています。

2年前にお会いしたマサイ族の青年リーダージャクソンさんの第二夫人は日本人の女性ですが
第一夫人は日本人の第二夫人をとても大事にされ、助け、また地域の夫人同士も寄り合って助け合って暮らしています。
そして、ケニアには、日本語のかかあ天下や亭主関白を訳す言葉が無いと
さらに、私にできるから、あなたにもできる、あの人にできるから、みんな努力すればできる
そういうマッチョで底の浅い考えはありません。
人にはその人ができること、できないこと、それぞれ役割がある
あなたには、あなたにできることがある、それでよい、以上、です。
だから、集団生活なのに、同調圧力がないんです。







.
検索 検索
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

春光
春光
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事