エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

要談「仙台・名取・多賀城」

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仙台に着きました。
カツどんさんの記事を見て、これを見たいと思ってました。

東京駅に次いで、雄勝石をキャンバスに描かれたオブジェが設置されています。

さて、これから大移動だす。

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大阪の東北通の人たちも、仙台に来ると必ず訪れるという、人気のとんかつ屋「かつせい」さん
このお店を通して、大阪人同士が知り合ったというエピソードもあるくらいです。
何度も仙台を訪れていますが、今回やっと行けました。
かなりの人気店と聞いていたので、お昼時の前にと、仙台城をあとにして、早速向いました。
時間は平日の11時台ですが、まさかの満席。
たまたま、食べ終わった方がいたので、座敷の席にすぐあがれましたが
お昼休みに近づいてくると、外には常に誰かがいて、誰かが帰ると、誰かが入って来るという状態でした。

そして、とんかつ、同行者さんも、無類のとんかつ好きで、日ごろから大阪の美味しい とんかつの店に
よく連れて行ってもらいますが、「かつせい」さんのとんかつも、うなずいてました。
とてもシンプルだけど、それがなかなか家ではできない仕上がりで、油も衣もしつこくなくて、食後、揚げ物を食べたあとの例のもたれるような感覚がなく
、また食べたいと思わせてくれる、とんかつです。
また、ごはんや、漬けものも美味しかった。
食べログでも、その人気のほどが伺えます。http://tabelog.com/miyagi/A0401/A040101/4000211/dtlrvwlst/
仙台にお立ちよりの際はぜひとも。

仙台市青葉区 北目町7-25



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仙台城跡

クマっこの旅も終盤
仙台には何度と来ていますが、仙台城は初めてです。
ブラタモリで予習しておいてよかった。
3.11の地震で、一部の石垣が崩れ、この春まで通行止めだった箇所があったり
正宗像近くにある魂忠の碑のてっぺんの像が下に落下して、無いままだったりと(4枚目)
大震災の影響がここでも見られました。

また八戸から仙台に向う途中、盛岡も通り、初めて岩手山をちょこっと見れました。
反対側の窓で、そこには女性二人が座っていたので、さすがにあまりジロジロ見れなかった・・・(笑)



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900人程度の小さな町内会、宮城野区南蒲生。
震災で大きな打撃を受けつつも、
現地再建に向けて、確実な一歩一歩を進めています。


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仙台平野の原風景である「居久根」を、個人が所有・管理する屋敷林から、杜の都仙台の貴重な景観・環境資源として捉え直し、新しい価値観・仕組みにより多様な主体(行政、市民、NPO、企業)の参加を得ながら「みんなの居久根」として再生・継承する。あわせて、旧街道沿いを軸として南蒲生らしい景観の創出を目指す。

<再生へ基本計画>
 居久根(いぐね)の木々に囲まれた家並みが、広々とした田園にたたずむ。仙台平野の原風景は津波で失われた。
 290世帯が暮らしていた仙台市宮城野区南蒲生地区。災害危険区域に指定された30世帯が集団移転を余儀なくされる一方、260世帯は現地再建や自主移転を見据える。住民が置かれた状況はさまざまだ。
 立場の違いを超え、古里の再生策を話し合おうと南蒲生町内会(約240世帯)は2012年1月、「南蒲生復興部」をつくり、約20人が中心となって活動を始めた。
 NPO法人都市デザインワークス(青葉区)の協力を受け、約60回の会合を重ねて13年3月、復興まちづくり基本計画を作り上げた。居久根の再生や、地域ならではの産業・交流の活性化を進めながら、誰もが安心して暮らせる「新しい田舎」を目指す。
 事務局長の吉田祐也さん(29)は「震災前に戻すのではなく、新たな住民を呼び込めるような魅力あるまちにしたい。若い世代や支援者とも一緒に考えていく」と話す。
 自宅を直したり、再建したりして現在は160世帯ほどまで住民が戻ってきた。基本計画に基づいたまちづくりは少しずつ進んでいる。

<「居久根で彩り」>
 都市デザインワークス代表理事の榊原進さん(40)は「復興への道のりは長く、住民主体の取り組みが欠かせない。前に進めるよう支えていきたい」と話す。
 地域シンボルである居久根のある景観を取り戻そうと、昨年9月に居久根の再生策を探るワークショップがスタート。11月には塩害による枯死を逃れたシロダモやツバキなどの苗を植え替えた。
 住民の交流拠点となる集会所も、来春の再建に向けて準備作業が進む。
 吉田さんは「さまざまな世代や震災後に南蒲生を離れた人が気軽に集える場所になればいい。大木ではなく、緑でまちを彩る現代の居久根を育てたい」と思い描く。新しい居久根の成長に、地域再生の願いを込める。

仙台に来たら、一度来てみたかったけど、いつもほぼスルーだったので、意外と初めての一番町
大震災発生後、コンビニなども閉まったままの時、横丁の人たちが知恵を絞って
簡単ですぐにできて、暖かいものを提供できるものとして「どんどん焼き」を振る舞ったのは有名なエピソードとして伝わっています。

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