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家の近くで遊んでいる小学生くらいの子供の姿を見て、
同じくらいだった自分の子供の頃に思いを馳せてみました―。
子供の頃のさくらといえば…
友達と遊ぶよりは、ひとりで遊ぶ事の方が多かったように思います。
幼稚園や小学校に入る前は、
朝から日が暮れるまで、家の前のアスファルトがさくらの
アトリエであり、ラボラトリーでした。
夏になれば、咲いた朝顔を摘み取って、水に漬けて、
色水で遊んだり、
それに飽きたら、ろうせきを使って、真っ黒のキャンバスに、
飽きるまで絵を描き続けました。
野良猫をじっと見たり、
近所のヒトが飼っていた老犬と遊んだり、
動物と戯れる事もありました。
あの頃見ていた景色やモノを、
今も同じように見る事ができるのか―
ふと、道路にしゃがみ込んで、
街路灯に照らされたアスファルトに近付いてみる。
よく見ると、小さなアリが、どこへ向かうともなく、
ジグザグに絶えず歩みを止めず、歩いている。
落ち葉がハラハラと、風に流され、どこへ向かうともなく、
眼の前を転がっていく―。
眼の前に広がる、黒いキャンバスに、今ならなにを描くのだろうか…。
じっと見つめると、カクテル・グラスに入った、鮮やかな水色と言うか、
アクアマリンの色したカクテルがふと浮かんできた。
次に作るオリジナル・カクテルはきっと、そんな感じの色合いなのかもしれませんね。
―なにかに迷った時は、原点に還ってみる…
なんて言葉をよく耳にするけれども、
おそらく、僕が還る原点というのは、ココなのかもしれません。
今よりも70センチちかく低い所から見える世界がすべてだった頃、
僕にとっての世界は、今よりも大きく、わくわくするモノに満ち溢れていた。
退屈するという事もなかったし、
毎日毎日が驚きの連続だったあの頃―。
大人になるにつれて、いろんな事を学んで、
いろいろな知識を身に付けて、ヒトはあたかも世の中を知ったように思うけど、
身近なトコロに、疑問や知らない世界は広がっているんですよね。
ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』のように、
どこかにうさぎの穴がぽっかり空いているかもしれません。
あなたの住む都会の街中にも―。
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†photo†
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かねてから結果待ちであった、ディアジオ・キリン社主催の、 『World Class Cocktail Competition』の 日本予選の2次審査の結果が通知されまして… さくらの準決勝進出が決定致しました。 今は、準決勝の15人に選ばれた嬉しさと、 自分のような若僧になにができるのかという、 自問自答の日々を過ごしています。 仕事でも、メイン・ダイニングのフレンチから、バー・ラウンジへの異動があり、 改めて、バーテンダーへの道がまた開けた矢先の話。 自分自身の話をすれば、僕はバーテンダーとしては駆け出しの駆け出し。 言うなれば、『ペーペー』。 そんな自分だからこそ、自分の未熟さはだれよりもわかっているつもりです。 それゆえ、今回のコンペの準決勝進出はいろいろ考えさせらる事があります。 先日、街場の先輩バーテンダーに、 『オリジナル・カクテルを作るって難しくないですか?』という質問をしたところ、 「ベースとなるお酒の“本質”さえ見極めていれば、簡単です」 という返事が。 彼いわく、 「美味しい肉じゃがを作れるヒトは、美味しいカクテルを作れる」との事。 日本人らしい発想だなぁ…とつくづく思いました。 さくらが思うに、フレンチやイタリアン、その他の料理と和食が違う点は、 メインの食材の味をいかに大切にするかという点。 たとえば、さんまの塩焼きにしても、塩加減はほどほどにして、 さんま本来の旨味や味を舌が感じるように作りますよね? 実にシンプルな調理法で、最大限にその素材の味を引き出すのが、 和食の考え。 逆にフレンチは、古典的な料理、牛肉のロッシーニにしても、 ソース・ペリグーといって、フォン・ド・ヴォーに細かく刻んだトリュフを入れた 濃厚なソースをかけてます。 素材の美味しさに“+α”という考え方のように思えます。 だから、“本質を見極めていれば…”と言った、 そのバーテンダーの言わんとするトコロは確かにわかる気が…。 でも、さくらならば…“個性を大事にしてあげれば…”という言い方をするでしょう。 さくらが考える、物事の“本質”は、 言ってみれば、球のカタチをしているモノ。 りんごをたとえに説明すれば、 見ている面はいかに艶があって、真っ赤な綺麗なりんごでも、 もしかしたら、裏側の一部分は腐っているかもしれません。 見えない部分は、角度を変えなければ見えないワケです。 それくらい、“本質”というのは、捉えにくく、 また、簡単に見極める事が出来ない気がします。 だから…“個性”という言い方。 たとえば、とあるひとりのヒトの本質を見極めるのは、 容易な事ではないとしても、 個性ならば、付き合いの中で、こういうモノはスキ、こういうモノはキライというのを、 理解してあげる事が、友達ならば出来ます。 それと同じ。 考え方の違いが、バーテンダーの個性の現れる部分…そんな風に感じました。 あっ、もし仮に、なにか“本質”という言葉を さくらがクチにする事があるのであれば、 それは、カウンターの眼の前に座られているお客様の気持ちに寄り添えるココロ、 いかに自分の気持ちというのを切り離して、 他人の気持ち…言うなれば、カウンターの反対側に座っている方の気持ちに、 カウンターの中にいながら寄り添えるココロを、 さくらなら“本質”と呼びたいですね。 |

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自分の将来を見つめて、バーテンダーを諦めるつもりでした。 「結婚」、「社会的な眼」、「子育て」、「収入」…いろんな要素を考えるとバーテンダーという選択肢は僕の生きる道にならないのでは? …そんな事を悩みました。 今、いる会社ではもうシェーカーを振らないと決めて、 それに付随して、バーテンダーを諦めよう… そんな思いが、さくらを縛り付けていました。 でも、そんな必要はなかったのかもしれません。 今の会社でたとえシェーカーを振らなかろうが、 さくらはバーテンダー。 会社という物差しで考えるのではなくて、 自分という物差しで考えれば、なんのことはない問題でした。 それに、気付かせてくれたのは『銀座』。 さくらの子供の頃からの夢は、『銀座のオトコになる』でした。 今の会社が銀座にあるワケでもないし、 自分にとってみれば1番かどうかわからない…。 自分にとって、1番なのは、『銀座に生きて、銀座のオトコになる』事。 そのための準備期間だと思えば、 そんな悩み込む必要はなかったワケです。 時にヒトは、大切な夢を追い掛けるあまり、大切なのが夢ではなくて、追い掛ける事になってしまいがち。 ほんとに大切なのは、追い掛ける先にあるモノなのに。 ふと、ココロの奥に消えかけていた炎を取り戻したカンジがしました。 |

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「まだ」と言うべきなのか、 |

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2月14日。 |

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