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23日、サントリーホールで東京都交響楽団の第785回定期演奏会を聴いてきました。当夜は、指揮者に小泉和裕さんを迎えて、ベートーベンのミサ・ソレムニスというプログラムだった。
(ソリストは、ソプラノ:吉原圭子、アルト:山下牧子、テノール:小原啓楼、バス:河野克典の各氏。 合唱は、栗友会合唱団、武蔵野音楽大学室内合唱団)
で、演奏は全体にサクサクと流れていくような、軽めの印象を受けた。かつての巨匠の演奏の録音を聞くとミサ・ソレムニスは文字通り「荘厳」な重々しい印象の演奏なのだが、当夜の演奏はリズミカルに強い抑揚を避けた感じで、合唱も独唱陣も器楽的な歌唱に感じた。
さすがに、グローリアやクレドでは緊張感をはらんだ演奏だったが、他は強い表現やドラマティックな効果を避けたような印象だった。
その点は、ベネディクトスの長いヴァイオリン・ソロ(コンサートマスター:矢部達哉さん)でも表れていたように思う。強い表現を避けた端整で誠実な印象を受けるソロは、祈りの音楽にふさわしいと感じた。
矢部さんは、妖艶であったりロマンティックであったり甘美であったり、場面場面で多彩な表現を聴かせてくれるが、今回もまた別の表現を聴かせてくれた。矢部さんのロは、間違いなく都響のコンサートの魅力の一つだ。
ただ、私の勝手な印象なのだが、そんなことは無いと思うけど、インバル氏の指揮したコンサートの後で、楽団全体に少しホッとしているような感じがした。緊張していることが良いこととは言えないが、前回インバル氏のコンサートを聞いた直後の今回だっただけに、その差がはっきり目に付いた。
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矢部さんのソロはいつもと違う感じがしました。今回は甘くデリケートなイメージでした。
私が言うのも変ですが、
前回のコンサートがあまりにも素晴らしくて(集大成という感じ)、
今回のコンサートがホッとした様に感じたのではないでしょうか。
2015/4/1(水) 午後 8:09
> shihoさん、ミサ・ソレムニスはドラマティックな曲想をことされに強調して演奏する人もいますが、小泉さんは「敬虔な祈りの音楽」として演奏しようとしたように思います。そのため過度の緊張を楽員に求めるような作り込みをしなかったのではないかと思います。
矢部さんのソロもそれに合わせてドラマティックな表現を抑えた演奏にしたように思います。
2015/4/3(金) 午後 0:11 [ sakurita1956 ]