TOP

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

高遠生まれ会津育ち

「えんや〜会津磐梯山は宝の山よ・・」
に出てくる「小原庄助さん」について。

「おはらしょうすけさん、
なんでしんしょ〜つ〜ぶした、
朝寝朝酒朝湯がだいすきで
それでしんしょ〜つ〜ぶした、
あもっともだ〜あもっともだ〜」

福島生まれの私もよく聞いたことのある
このしょうすけさんは高遠生まれだったそうで、・・・へえ〜〜〜っ

辰野の中谷さんがこのことに気づいて
本をだしたそうです。
「小原庄助さん 謎解き漫遊記」1000円、自費出版。
0266−41−4667

球児の夏が終わった

きょうは、聖光学院と横浜の試合でした。
なんと準々決勝ですよ。
スポーツ弱小国福島が。

まあ、長男によると今回は記念大会なので、特別で、
2試合やったらベスト8になってるんだけど・・・

結果は桁の違う負け。予想どおりでした。
初版、もしかしてもしかする、なんて思ったけど
横浜の層の厚さに及ぶまいとは重々期待をしないでいたけれど、
実際、いつもの福島県勢ぽく、打ち込まれてばたばたと点取られると
ショックがでっかいですね。

聖光学院は野球で有名になっていっぱい集まってるんだろうな〜と
思ってたら、
「でも、他県は、山梨からの1人しかいないよ」と言っていました。
「ほら〜安田は飯坂出身だ〜」
「この○●は二本松だ〜」
ほんとかな〜

がんばったな〜

やっぱり、どこに行っても私のふるさとは福島なんだな〜と思います。

福島が強いって、合わないよね・・・

福島大の陸上部が強いのは、九州から来た指導者のおかげのようですが
福島らしくないな〜って思います。

御諏訪太鼓の巨星堕つ

長野日報http://www.nagano-np.co.jp/modules/news/article.php?storyid=11141


26日夜、岡谷市神明町の県道で発生した交通事故で重傷になっていた御諏訪太鼓宗家、日本太鼓連盟副会長の小口大八(おぐち・だいはち)さん=同市神明町2=が27日午前6時22分、収容先の諏訪市内の病院で出血性ショックのため死去した。84歳だった。諏訪大社の失われた神楽だった御諏訪太鼓を復元し、オーケストラ方式の独創的な組太鼓スタイル「複式複打法」を創案。和太鼓の音楽的確立に尽力し、太鼓文化の振興に心血を注いだ。

 小口さんは1924年平野村(現岡谷市)生まれ。復員後、アマチュアジャズバンド「燦星楽団(さんせいがくだん)」のドラマーとして活躍しながら、諏訪大社に伝わる神楽太鼓の譜面解読に取り組んだ。51年、楽譜を基に「諏訪雷(すわいかづち)」を生み出し、御諏訪太鼓を再興。53年には御諏訪太鼓保存会を結成した。

 活躍は太鼓文化の継承だけにとどまらず、大小さまざまな太鼓を組み合わせて演奏する複式複打法を確立し、和太鼓の新たな領域を開拓。現在各地でみられる多人数の演奏形式の礎を築いた。東京五輪や長野五輪でも演奏し、「阿修羅(あしゅら)」や「勇駒(いさみごま)」など数多くの作曲も手掛けた。

 80カ国以上の海外公演を通じて和太鼓を広く紹介し、国際交流にも貢献。今月21日にブラジル・サンパウロ市内で行われた「ブラジル日本移民百周年記念式典」にも自作曲「絆(きずな)」を提供し、日系人1200人のそろい打ちを成功に導いた。

 和太鼓の普及発展のために太鼓団体の組織化に取り組み、日本太鼓連盟の設立に中心となって尽力。指導育成した太鼓連は 国内外に700連以上、打ち手は孫弟子を含めると数万人という。岡谷太鼓祭りには 創設当初から指導や運営に携わり、地元の太鼓文化振興にも力を注ぎ続けた。

 近年は、未来を担う子どもたちへの太鼓普及に特に力を入れ、県内外の小中学校や高校などに出向いて指導を行っていた。80歳を超えても、日々の練習を欠かさず行っていたという。

                     ◇   ◇

 小口さんの通夜は28日午後7時から岡谷市神明町1−7−9の自宅で。葬儀(告別式)の日程は未定。

・・・・・・・・・・・・


長野日報サイド記事「悲しみに沈む太鼓関係者」(抜粋)
一部、信濃毎日と読売

「500人なんてもんじゃなく、600人を集めるぜや」。
小口大八さんは、数日前、8月に行われる岡谷太鼓祭りの
500人そろい打ちを「600人にしよう」と話していたという。

岡谷太鼓保存会長の宮坂勝彦岡谷商工会議所会頭は、
「小口さんは岡谷太鼓祭りの生みの親でもある。来年40回の
節目を迎える前に大変惜しい方をなくした。
残念でならない」

打ち手として親交があった横内毅さん(岡谷太鼓祭り企画委員長)は、
「打つ姿を見ていると、しんから太鼓を愛していたと感じた」と語る。
「太鼓祭りにかける情熱は人一倍だった」
信濃毎日では「これからどうすればよいのか・・・」と戸惑いを隠せず
「年齢を感じさせないバイタリティーの持ち主。太鼓への情熱は
人一倍で、『阿修羅』(小口さんの代表曲)の激しい太鼓は
彼にしか演奏できなかった」

同祭り祭典委員長の今井竜五市長は、
「岡谷の太鼓文化に大変なご尽力をいただいた。
明るい楽しい人だったので、残念でならない。
太鼓祭りをきちっとやっていくことが大八さんへの
恩返しになる。太鼓についても、引き続き力を入れていく」と決意を述べた。

小口さんの孫で和太鼓奏者の山本麻琴さん(27)は
自身のデビューライブで3月にソフト共演したばかりだった。
「元気に太鼓を打ち、出番以外のときは舞台のそでから
見守ってくれた。小さい頃から『ステージの上で太鼓を打ちあげて死ぬ」と
言っていたのに・・・」と声を詰まらせた。
信濃毎日では「自分にとってはおじいちゃんというより師匠という存在。
2歳半で初めてばちを握って以来、手取り足取り教えてくれたのに・・・」
読売では「礼儀には厳しかったが、いつも包み込むように
やさしく見守ってくれた。天国でも太鼓を教えるんじゃないか」

御諏訪太鼓保存会副会長の古谷邦夫さん(59)は、
「昨日仕事で出かける時には
『行ってくるよ』『頼むぜや』と話したのに・・・。やるせない」と語り、
「にぎやかなことが好きだったから、お経より太鼓の音で
送ってあげたい」と話していた。
読売では「演奏中に両腕を振り上げながら逝くような人だと
思っていたのに、こんな別れになるなんて」と肩を落とした。



・・・・・

私が昨年訪れた、御諏訪太鼓博物館には、
小口宗家が世界を旅行して集めた打楽器や民族楽器、また道具が
いっぱいに並んでいました。

そして、近隣各小学校の指導風景写真、また
児童生徒からの、いっぱいに書かれたお礼の手紙も
飾られていました。

風林火山の時期だったので、
それに類する書物や資料なども集められていました。

太鼓というひとつのものを介し、いろいろな文化、交流、
つながりを生み出している人なのだということが
伝わってくるようでした。

関係者の方々の言葉に、その人柄が表れていると思いました。



御諏訪太鼓は、諏訪地区の文化の核だとも思います。
宗家の生み出した曲から、風土、信仰や、合戦、季節が伝わってきます。
太鼓を通して文化をつむいだ巨人です。

姿は消えても、その魂は太鼓の響きに
脈々と受け継がれていくことでしょう。

夫にはかなわない

本館ブログでは、医療問題と育児のことについて主に
書いているのだが、しょせん、ネットの中での世界のこと。
もともと、地に足をつけたことをしたいし
世の中をよく変えたいという思いが強い私。

ファミリーサポートセンターのないわが地区で、
きのう、その前身となるような
協力者の要請講座が始まったので受講してきた。
冒頭で、子育て情報誌を季刊しているグループの
講話もあった。

私は前から気にはしていたが、
「ママたちどうしわいわい話すのが楽しく、(1)
ひとりで閉じこもっている母親を助けるために
いろんな情報を流したい(2)」という話を聞いて、
(1)は私は不要だが、
(2)は重なるので、参加しようかなという気持ちが大きくなった。

いつも私の行く手を阻む夫に、ちょっと相談、
しかし、私に「趣味に命をかけているね」という夫は
やっぱり却下です。

「しょせん、ひまつぶし」
「しょせん、趣味」
「自分の生活に支障のない範囲でついでに人も助けたいという程度」
「危険、犠牲が少ない分、得るものも少ない」
「本当にそうしたいならば、その講座で具体的に、預け先がなくて
困っている人を助けるほうに向くべきではないか、
しかも、有償ではなく(1時間800円になりそう)
無償で預かるべき」
「今のメルマガで十分なのではないか」
「そんな情報誌を作ってるぐらいで、生きがいだとか、
社会をよくしているのだわとか、思うのは甘すぎる」

次に、地域の病院を守る活動もしたいと言ったら
「発想がおかしい。医学は科学。その土台もないのに
何かをしようという考えが甘い」
「医療をなんとかしたいと思うならば、医者になるべきだ」
「もしくは、実際に病院でボランティア活動をすべきだ」
「救急に親が殺到するのも理由はひとつじゃない。
たとえ、兵庫の病院のように市民が受診判断マニュアルを作っても、
親は自信がないから受診するのであって、
いくら詳細なビデオや、説明、本などがあっても
それを親が必要としないという点で、機能しない」
「診せなかったことによるリスクを計算して親は動いている」
「医者の情報についても、
たとえばこの情報誌の医師個人による紹介を見て、
行ったらいまいちだった場合でも書いた方は責任はない」
「これが、たとえば医学的に有名な・・・
中央病院の鎌田先生が書いたというのなら、
人は読むだろう」
「100人に聞いて70人がいいといって載せても、
しょせん、主観の集まり」

ちょうど、アキバの事件の関係で、
派遣社員に世間は冷たいというようなドキュメントみたいなのをやってて
「こういう人も、派遣社員ていうのは一つの選択肢なのに、
どうしてそこを選んでそこから抜け出そうとか思わないのか。
それがわからない」
「自分で努力もしないで、社会が悪いとか、文句言ってるのは
違うと俺は思う。
何かを得るためには、努力しないと」
「それと一緒だよ、
あんたも、医療のことを知ろうと思ったら、勉強しないとならないんじゃ
ないのか。
中途半端な知識で言ってるから、おかしくなるんだよ」

などなど、まあ私はほとんど言われっぱなしでした。
言い返せないというか・・・

自分でもまったく気付かないことではなく、
薄々感じているところを容赦なく曝されたような思いで・・・

これで、私のやる気が消えてしまえば
話は早いんだけれど。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
sal*l*231*
sal*l*231*
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

最新の画像つき記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事