執筆の空調エンジニア てり

講談社 『第11回 BOX-AiR 新人賞』 を45歳で受賞も、売れなかったライトノベル作家。カブのシフトダウンは爪先派。

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9月27日

(「海」 と 「お金」 というお題で昔に書いた)ショートショート
 
 南国特有のカラッとした空気が、ネクタイを緩めた首元にひどく心地いいことが、かえって苦痛であった。
 直径十メートルほどの小さな島の中央に、まるで子供が描いた絵のように、ヤシの木が一本、頼りなく生えている。
 男はスーツケースを枕に、見渡す限りの大海原を痛いほど全身に感じながら、ただ途方に暮れていた。
 あまりたくましいとは言えない胸の内に、死の予感だけが色濃く漂っている。
 一羽の白いカモメが男のかたわらに音もなく舞い降りてきて、唐突に言った。
「そのご大層なカバンの中には、一体何が入っているんだい?」
 何の疑問も持つことができずに、男は答える。
 もともと高めの声が、喉の渇きに枯れ始め、やけに聞き取りにくくなっていた。
「金さ。ちょうど十億だ。南の島で優雅に暮らすために、俺の人生をかけて、あらゆる手段を使ってかき集めた大金だよ」
 カモメが少し首をかしげて、納得したように言葉を続ける。
「ふーん、つまり夢が叶ったわけだな」
「いやいや、冗談じゃないぜ。同じ南の島でも、ここじゃあ金には何の意味もない」
「そういうものなのか。なあ、その金とやらを全て失って、金が意味を持つ世界へもう一度戻るのと、ここでこのまま果てるのを選べるとしたら、どっちを選ぶ?」
「おい、十億だぜ。人生をかけた十億を捨てて、一文無しから始めるくらいなら、死んだほうがましさ」
 次の瞬間、男の姿は墜落しつつある百人乗りのプロペラ機の中にあった。
「そうだ、乱気流に巻き込まれて、俺は意識を失って……」
 男の脳裏に、あのカモメの声が静かに響く。
「この飛行機に乗ってる全員に聞いて回ったんだが、乞食でもいいから生きたいって答えたのは、おまえの隣で失神してる婆さんだけだったよ。だから婆さんだけを助けることにした。まあ、どうなることか、一緒に天国から見てようぜ。よもやおまえ、十億は悪事で稼いだわけじゃあないよなあ。少しでも悪事で稼いだ金が混ざってるんなら、墜落の後に待ってるのは地獄だからな」

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