執筆の空調エンジニア てり

講談社 『第11回 BOX-AiR 新人賞』 を45歳で受賞も、売れなかったライトノベル作家。カブのシフトダウンは爪先派。

全体表示

[ リスト ]

10月11日

『損得勘定』 (落語台本)

「専務、専務!」
「ナンですか、一郎兄さん」
「バカ、会社では社長と呼べと、いつも言っているだろう」
「はいはい、社長。で、どうしたんですか、あらたまって」
「実はな……」
「はい」
「バレた」
「は?」
「だから、バレた」
「あー」
「あーとはナンだい、あーとは。ん? 顔をよく見てくれ? 性格は正反対でも、双子なんだから言いたいことは分かるだろうって? 『こ・こ・ろ・あ・た・り・が・お・お・す・ぎ・て、ど・れ・が・バ・レ・た・か・わ・か・ら・な・い』? こらっ!」
「さすがは兄さん」
「おまえが口をそう動かしたんじゃないか! そんなことよりコレだよ、コレ」
「おっ、スマホでフェイスブックですか? 経営者だけあって、センスが若いですねぇ。どれどれ、『鈴木社長、美人ママのほっぺにチューなう』。はぁ……、しょーがねぇおっさんだな」

「おっさん呼ばわりすんな! 年は二十分しか違わないだろ! それより画像の下だよ、問題は」
「年の差を分単位で表すのもどうかと思いますが……。んー、どれどれ。鈴木良子さんが、『いいね!』 と言っています……。えぇーっ! 義姉さんにバレバレじゃないですか!」
「そこでだ」
「ダメです」
「まだナニも言ってないよ」
「だからダメですって」
「そんなこと言わずに、この横顔は社長じゃなくって弟の私ですって、うちのに伝えてくれよぉ」
「それ、私にナンのメリットもありませんよね」
「独身のおまえなら、飲み屋のママにチューしてる写真がネットに流出して、趣味の園芸ブログが炎上したって、大してデメリットもないだろう?」
「大アリですよ! 畑が炎上だなんて縁起でもない。やっとカイワレ大根の世界で、菅直人さんの知名度に追いついてきたっていうのに……」
「古いねぇ、おまえも」
「大体、同じ間違いをしても、兄さんは笑い話で済むのに、私は陰でコソコソ噂されるんですから! まさか、あの真面目な次郎さんがねぇって……」
「同じ間違い? あ、分かった。アレをみんなに黙っててやる」
「アレ?」
「おまえ、オカチマチを、オカマチチと読み違えたろ?」
「ギクッ」
「(やっぱり双子だねぇ。読み間違え方まで同じだよ)」
「オカマチチをバラされるくらいなら、ママチュー画像にタグづけされるほうが……。はっ! 大体、ナンでこんな画像がネットにアップされてるんです !? このお店にモラルはないんですか !?」
「いや、それがな。酔っ払ってママに迫ったら、画像をネットにアップしてもいいんなら、ほっぺにチューしてもいいと……」
「で、OKしたんですか?」
「うん」
「……」
「だってこんな美人なら、チューしたいじゃーん」
「はぁ……。つける薬がありませんねぇ。もう余生は諦めて、おとなしく義姉さんに殺されちゃって下さい」
「そしたら、次郎が次期社長か。あっ、犯人はおまえだな!」
「ナニ言ってるんですか。そもそも父さんからこの会社を継ぐ時、この私が二代目の社長に指名されたんですよ。それを断わったから、消去法で兄さんが社長になったことを忘れたんですか?」
「会社の連帯保証人になるのがイヤだっていうのが、おまえが社長就任を断わった理由だったよな。なぁ、おまえには損得勘定しかないのか?」
「兄さんには、そん時の感情しかないんですか?」
「こらっ。ウマいこと言ってる場合じゃないんだよ。ナンだい、そのドヤ顔は。なぁ、間もなく良子が離婚届を持って会社に来るだろう?」
「いつものようにですね」
「そう、いつものようにだ。だが、今回はホントに離婚なんだよ。実はこれがちょうど百回目なんだ」
「九十九回ガマンした義姉さんにビックリですよ!」
「まぁ、聞け。この記念すべき百回目にだよ、晴れておまえに身代わりをさせてやろうという兄心。オレは心を鬼にして、おまえを千尋の谷に突き落とすよ」
「いや、兄さんが落ちろよ」
「だから聞けって。オレが離婚したら、間違いなく慰謝料で全財産持って行かれるんだぞ。もちろんこの会社の株もだ。復讐に燃えるあいつが大株主になったら、おまえもオレもタダでは済まん。オレたちの歳で再就職は、厳しーぞーぅ」
「ふーむ。まぁ、それは一理ありますね。ナニしろヘビのような人ですから」
「体型はツチノコだがな」
「誰がヘビーなツチノコですってっ!」
「げっ、良子! いつからそこに !?」
「損得感情と、そん時の感情あたりからよっ!」
「よかった、オカマチチはバレてない……。じゃなくて義姉さん。あの写真、じ、じ、実は私なんです」
「そうなんだ、オレじゃないんだよ。だから離婚するんなら次郎としてくれ」
「(兄さん、いくらナンでも動揺し過ぎです)」
「じゃあ、せめて慰謝料だけは次郎からとってくれ!」
「もはや兄さんと双子で産まれたことに対して、慰謝料をもらいたい気分ですよ」
「ワケの分からない会話で、あたしを煙に巻こうたって、そうはいかないわ。もうガマンの限界よ! とっとと、この離婚届にサインなさい!」
「ま、待って下さい、義姉さん。確かに兄さんはどうしようもない人ですが、経営者としての手腕は確かです。離婚して丸裸にするより、これからも働くだけ働かせて、死ぬまで稼ぎを絞りとったほうが、コストパフォーマンスが高いのではありませんか?」
「え? ふむ……。なるほど、それもそうねぇ。さすがは次郎さん、身内の修羅場を目の前にしても、計算高いところは全く変わらない。確かにそのほうが、圧倒的に地獄度も高いわよねぇ」
「ちょ、ちょ、お二人さん。コスパの解釈、おかしくない?」
「分かったわ。考えてみれば、次郎さんはこのアホをコントロールするエキスパートですものね。丸裸どころか、この場で丸呑みにしてやりたいところだけれど、平凡な 『熟年離婚プラン』 から、あなたの言う 『生き地獄プラン』 に乗り換えることにします。プランの内容は次郎さんに任せるから、三十分以内にあたしが納得できる条件にまとめてきてちょーだい」
「あ、良子……」
「ふぅ。とりあえず、この歳で無職になることだけは免れました」
「じ、次郎っ!」

「仕方がないでしょう。他にナニかいい解決方法があったって言うんですか?」
「いや、オレが悪かった」
「に、兄さん……」
「うん、反省してる。今日から心を入れ替えるよ。毎月、あいつに給料の九割を持っていかれたって構わない。今までオレがしてきたことを考えれば当然の話さ。でもな……」
「はい」
「三日に一度の 『夜のクラブ活動』 だけは大目に見てもらえるよう、その 『生き地獄プラン』 に特約をつけてもらうわけにはいかないだろうか?」
「アホですか! そんな特約を足してくれなんて、さすがの私でも引きますよ!」
「足したら引くって、この期に及んで、尚も損得勘定かい? 世の中、プラスマイナスだけじゃあ推し量れないんだよ。アレだ、もう一歩上を行かなくちゃ。な、うまく掛け合ってきてくれよぉ」
「いくら兄さんの頼みでも、それだけは聞けません!」
「専務、これは社長命令だぞ!」
「上下関係を持ち出されても、割り切れる話じゃありませんよ!」
「割り切れないからナンだってんだい!」
「割り切れないから……、掛け合わない。これぞ 『足す』 『引く』 の一歩上行く損得勘定」
「恐れ入りました」

この記事に


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事