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圧倒的な厚化粧でしょ。 壁みたいに白塗りだし。 でも、この化粧の間に、役に入り込もうとするんですね。 江戸時代は、劇場の照明もロウソクだけで暗かったし、 こんな化粧で、演者の顔を浮き立たせたんだと思います。 この白塗り、目の表情が浮き立つんですよ。 目や、眉の周りには、必ず紅を引きます。
そのチラリといれた少量の赤が、 黒目の縁取りになって、効果的です。 |
沙理の日本舞踊
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年頭に沙理の舞台を応援してくださる方々に、 僭越ながら差し上げている水木歌寿女・みずきかずめ(沙理の舞踊の芸名)の 2007年度のカレンダーが出来ました。 今年の写真は、『鐘の岬』で、黒地に八重桜の柄。 今まで着せていただいた、数多くの衣装の中で、最も好きな取り合わせです。 ほんと、馬子にも衣装ですよねっ!! 毎年12月になって、次の年のカレンダーが出来ると、 またマッサラな1年が来るんだと、嬉しくなります。 この新しい1年を、素敵な事で、一杯にしたい。 昨日より、今日、今日より明日、より良い自分になる為に
精一杯、努力する事を、来年の目標にします。 |
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沙理にとって、日本舞踊は、自分の文化のルーツ、芯の部分です。 新ブログになってから、沙理がちっとも日本舞踊について触れていないので、 日本の舞踊関係のお友達から、何故?の質問が来ました。 去年までの HPとダブってしまうかもしれませんが、 もう一度、自分にとっての日本舞踊を見直してみようと思います。 3歳の時『砂防会館』(東京)で初舞台を踏みました。 出し物は『末広狩』。。。狂言を舞踊にしたものですね。 お姫様が、太郎冠者におめでたい末広がりの扇子を手に入れるよう 頼むのですが、物を知らない太郎冠者がトンチンカンなものを 探してくるというコメディーです。 3歳の子に、いったい何が踊れたというのでしょうね。 当日、出演しないと言って駄々をコネ、先生と両親を震え上がらせた私は、 それでも、お化粧の後は、鏡の中の自分に見とれて、 すっかりナルシストの種を作ってしまったらしい。 この時は未だ、踊りがこんなに魅力のあるものとは露だに知らなかったのでした。
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