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先日、僕も大変お世話になっている、本当に幅広いジャンルで活躍されている傑出のプロデューサー、立川直樹さんの還暦祝賀パーティーに参加させて頂いた。
立川さんの仕事ぶりはあまりにも多方面に渡り、そして膨大過ぎるので、ここではとても書ききれないので、敢えて触れないけれど、(触れられないといった方がいいかも)
2年ちょっと前に、レッドシューズで定期的にライブをやらせてもらっている頃、森永さんに紹介して頂いたのが、きっかけとなり、それ以来大変お世話になっている方。
立川さんは1年中、膨大な仕事をかかえ、超人的なスケジュールをこなしながらも、その合間をぬって、コンサートや美術館、映画館、劇場にと、本当に貪欲に足を運ばれる。
その様は本当に普通の人には真似の出来ない行動力と感性だと思う。
そんな立川さんに知らないうちに影響されて、僕もここ最近時間を見つけては、映画を観に行く回数が増えた。
以前の僕は映画は家で観る事が多かった。
映画もやはり映画館で見る方が遥かに、自宅で見るより、伝わってくるものが大きい。
そして最近、音楽の感じ方も少し変わってきた自分に気が付く。
自分だけの人生経験なんて本当に限られたものだ。
映画はもちろん疑似体験な訳だけど、それでもそれを体験する事で色々、感情が揺さぶられ、考え
落ち込み、また元気をもらい、それが、音楽感性に影響を与えるのは当たり前の事かも知れない。
そして人の感性は常に刺激を与えていれば、どんどん敏感になっていくし、
与えなければどんどん、鈍感になって行くと思う。
筋肉とか体力とか、脳みそとかと変わらないね。
そんな影響の一つの現象として、今までなんとなくスルーしてきた
エルガーのチェロ協奏曲(デュプレ・バレビローレ指揮)
に突然深く感動しはまった。
エルガーの晩年の哀愁とデュプレの人生の悲劇が、自分の中で混ざり合い、
恐ろしいまでの物語が聴こえてくる。
エルガーはあまりにも、幸せ絶頂の時、作曲した、愛の挨拶のイメージが強すぎて、
晩年の作品がこれほどまでに、深い変化をもたらせている事を、本当に恥ずかしながら知らなかった。
このチェロコンチェルトを弾くデュプレの、今現在の演奏家には、正直あまり感じられない
恐ろしいまでの迫力、一体感、殺気、孤独感に圧倒された。
そしたらどうしても今度はさらに彼女の
ドヴォルザークも聴いてみたくなり、買いに走った。
期待以上の彼女の別次元の演奏に、目が覚める思いがした。
本当に凄い演奏は、人を覚醒させてしまう。
そしてその流れで、これも今までそんなに興味がなかった、
エルガーのヴァイオリンソナタの素晴しさに始めて気が付き、急にさらい始めた。
僕はこの作品があのチェロのコンチェルトの前触れ的作品に感じられてならない。
このソナタを、あまりにも時間がないのだけど、次回のヴァイオリンDEナイトで、せめて1楽章だけでも演奏してみたい。
文が長くなってしまうけれど、またその流れで、改めてズーカーマンの歴史的デビューの
20歳のチャィコフスキーのコンチェルト(クーべリック指揮)の史上最大の生命力に溢れる演奏を聴いて
現代の演奏家は何か、本当の魂が不足している気がする。
自分は人の演奏を批判出来る立場ではないことは良くわかっているけど、
1960年代、70年代のクラシック演奏の熱さを聴くと
ほんの少しでもしらけていたり、冷めていたりいたら、演奏なんてする価値は限りなくゼロに近いのだと、改めて教えられる。
これはエンタティメントとかとは違う、もっと内から、底から噴火するマグマのような強烈なエネルギーのようなもの。
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最近映画館で観たのは「007 Quantum of solace」です(*'-'*)
感動しました。特にオペラ劇場でのジェイムズボンドの駆け引きが。
プッチーニのオペラ「TOSCA」がうまく使われているなぁと。
2009/2/1(日) 午前 1:27 [ z_f**ncesc*tti ]
バイオリンさん>そうなんですか。僕も観にいきたいと思います。今も見たい映画が沢山あります。
映画館で鳴り響く、オーケストラやオペラも、コンサートホールで聴く響きとはまた違う説得力とパワーで迫ってきますよね!
2009/2/1(日) 午前 9:25 [ salvatore_violin ]