堕ちていく自分の日記

独りで考えているだけではもったいない

政治

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FD改ざん事件に続いての、これは「失態」とは言えると思う。
しかしこれは白か黒かはたまたグレーかというそう簡単な話ではない。

三権分立は国内においては、それぞれの国民に対する責任が明確だが、三者ともに利益が一致するはずの、つまりすべての国民の利益たる国益維持は、三者を代表して誰が責任を負うべきなのか。
それを、検察の司法判断に任せる、と言って「ああ、司法さんがそう判断したんだからしかたないねぇ」と言っていていいのか、というのが問題点だ。

検察は今回、それこそ「粛々と」判断すればよかった。その判断は、国内法に照らした国内の判断である。しかしこれが外交に関連し、国益に反する恐れがあるなら、行政府・立法府が一緒になって解決法を探すのではないか。そしてネコの首に鈴をつける必要があるならば、誰か一人でなければならない。それは自ずと決まっている。
ただ、それとて「ポンッ」と一つの答えが出てくるものではないはずだ。
いくつもの変数をあらゆる可能性を考慮して複雑に組み合わせて、その結果は一般国民には判らない状態で外交決着させるものかもしれない。

今回の検察の立場について話を戻す。
検察が捜査を尽くした結論として拘留期間途中でも釈放、なら判る(それに対する意見は二分されると思うが)。
ところが、「これ以上捜査を続けるのが適当でない」という理由で、単に途中で仕事を止めてしまったのだから、国内的に大きな信用失墜と言える。
ただ失墜したのは、検察の司法上の機能についてではなく、責任を負わない誰かの介入で、意図しない判断を自らの判断として発表することをよしとした主体性のなさ・責任感の欠如についてだ。

それゆえ今回検察は「失態」ではあったが、FD事件とは違い、検察そのものの「信用が落ちた」とは思わない。

この責任問題は将来じわじわと結果が表れることに対してであるから、その時にはもう誰もいない。

責任を負うべきなのに負わない人間たちを早くどうにかしないと、地盤沈下に一緒に沈んでいく自分たちを見ることになる。
地盤沈下を止めることができるのは、誰でもない国民である。

船長釈放の代償

船長釈放のニュースは文字通り愕然とした。

その時のその理由は、マスメディアで散々騒いでいるのと同じ、
「中国の理不尽な圧力に屈するこの国は、もう終わる」
というものだった。
その気持ちは今も変わらず、これから先「ごり押し」され続け、目に見えた衰退を辿っていくだろうと確信する。中国はもちろん、北朝鮮などは大喜びしているに違いない。
仮想敵国ばかりではない。
欧米諸国だって、日本に対する経済摩擦の闘いの手法に自信を深めた違いない。(もっともアメリカなどはその方法論を完成させていると言えるが。)


政府はあくまでも「司法の独自の判断」という建前を貫き通そうとしている。
外交において建前は重要だ。

しかし、目先の問題解決はともかく、今回残した禍根について、一体誰が責任を負うのであろうか。
那覇地検の鈴木次席検事が国の将来に関する責任を負うのか?
司法のトップは法務大臣か?
誰もがその責任を引き受けようとはしない。
当たり前だ。誰だってこうやって総攻撃を浴びるような嫌われ者になりたくない。

そこで登場するのは政府でしかない。
その政治的手法は私には解らない。しかし、責任を持ってくれる人がいないと、国民の怒りや不安の持っていきどころがない。
国民はなにもその人をつるし上げようというのではない。日本は中国とは違う。
自信を持って説明してくれる人を求めているのだ。
ただそれだけだ。

経済危機そっちのけという国民不在の民主党代表選挙が終わった。

しかし国民は(民主党の支持者かどうかに拘わらず)思いっきり「存在」した。
この状況に党内抗争していることのナンセンスを指摘し、延期させるくらいが役割であるはずのマスコミが、思いっきり民主党で「遊んだ」からだ。
そして国の状況をさらに悪化させた。「権力に屈しない」というスローガンがお笑いだ。

政策論争がないと散々に言われたが、その「政策」はまるで他党だ。政策や理念が明らかに違う人たちが一緒にやって国民はそれをよしとするのか?

まず、民主党は2つの党に分党し連立を組め。それならすべて説明がつく。


党を二分した闘いの直後に「一緒に仲良く」と言うのだから、組閣や党人事が極めて難しい作業であることは当たり前だ。
敗者の陣営が満足する人事?それって国民の満足はそこにあるのか?
またもや国民不在にするのか?

総選挙で勝敗が付いた後に、「国のことなんだから負けた党からも大臣を入れましょう」ということがありますか?
小沢陣営の中には現政権・現総理をテレビで公然と批判した人すらいるのだ。

立派に二つの党ができるような「いつわりの一政党」の中でそれが行われようとしている。

もし、その「ノーサイド人事」が行われなければ、もしかすると党内で「シャドーキャビネット」が作られかねない。
いずれの人事を行ったとしても、矛盾に矛盾を塗り重ねた終末的な政権になることは避けられない。

何がいけなかったのか、3週間精一杯遊んだマスコミはその責任で検証し、国を守る一翼を担ってもらいたい。
昨年の衆議院選で、自民党支持でありながら、政権交代による中長期的な国民利益を期待して民主党に投票した者として言わせてもらう。

小沢氏が党代表戦に立候補する。その決め手は鳩山が支持に意を翻したからと伝えられている。3ヶ月前に退場したばかりのこの二人、何故戻ってくること、戻ってこようとすることが許されるのか、(一部)民主党議員の愚かさを証明する決定だ。

マスコミで国民の意見として伝えられるところでは、「政治とカネ」の問題がくすぶっている人が再登場していいのか、というのが主な論調だ。
確かにその問題もあるが、彼らが退場した原因はそこではない。

鳩山前首相は、普天間問題や財源不足のままのばらまき政策などで内閣がどうにもならなくなった責任を取ったものであったはず。
小沢氏は、政調を廃止し幹事長室で国の政策が決められている、と疑われる二重権力構造にNGを食らい、党の信用を失ったことの責任を取ったもののはず。
「政治とカネ」の問題は、国民感情として極めて強い違和感はあるが、二人が主張しているとおり司法においては微妙または「白」なのだ。
退場の決定打ではなかった。

とにかく、いずれも「党内で二人の地位が不適切だ」という判断になったため、退場することを飲んだものだったのではなかったか。

小沢氏は菅氏に協力する条件として、現幹事長をクビにして自分が再度幹事長になることを要求したと伝えられている。つまり、国民にも不信をもたれ党でもNGとなった地位に、丸々戻せ、ということだ。
それが菅氏には当然受け入れられず、では、とその上の代表の座に着こうという判断をした。

同じ党が、少なくともその半分の人が、3ヶ月前の決定はなかったもののようにすっかり忘れて、再登場を期待している。
それを直接あと押ししているのは、そのときに自分の退場の道連れにした鳩山だ。

それまでは菅氏支持だったと伝えられているが、我が目で見ればとんだ茶番だ。はじめからそのつもりだったに決まっている(注1)。

自民党で多く見せられた「茶番」を見たくないから、そういう権力づくりや政治手法を変えて欲しいから、あえて民主党に投票したのだが、多くの人が言っているとおり、民主党は全く同じ道を平然と歩んでいる。


小沢氏については、首相として国を引っ張れる一人だと思うし、キライでもない。
民主党に投票したことを間違ったとは、いまも思っていない。
しかし投票した責任として、あまりに空気の読めない連中が半分以上もいるこの政党に、一旦頭を下げるように言いたい。



注1:現在の立場では現総理を支持するという姿勢でいた、という発言あり。
さらに「自分を首相にまでしてもらった恩義がある」と言ったという。
一国の命運を個人的な利害関係で決める、と受け取れる重大な発言だと思う。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070916-00000112-yom-pol

今回の総裁選はちょっと意外だ。

安倍雪崩現象とは違う福田雪崩現象。ポスト小泉既定路線として安倍さんをマスコミが国民的に人気に作り上げた前回に対して、今回はそのマスコミが作った既定路線の麻生さんに対して、「非常事態」収拾の救世主として自民党派閥領袖が担ぎ出した福田さんに雪崩現象が起こった。
「勝ち馬に乗」ろうとしている事に変わりはないし、選挙後のポストを期待していることも火を見るよりも明らか。そんな打算が見え見えで、福田さんが勝った後は自民党人事と組閣後のマスコミ批判は避けられない。それなのに、大半の議員が自主的に雪崩れている。

驚いたのは、世論調査がそれに追い風を吹かせていることだ。

日曜日の番組と政見演説を見る限り、数年前に大衆が小泉さんに求めたリーダーシップを期待できるのは明らかに麻生さんだ。
福田さんは番組内でも麻生さんに同意を求めるような姿を見せ、演説では何度も間違える。慣れの問題は確かにあろうが、危機的な状況については国民全部がその打開を求めているのであり、そういったときに求めるキャラクターに「安定感」や「調整力」というのは、これまでとずいぶん違う印象である。
人事は必ずや「全員野球」で派閥均衡、重厚または順番待ちの人たちといった顔ぶれとなるだろう。

危惧するのは、そうしてできあがった「安定感のある」「調整型」内閣に大衆が満足するかだ。
自民党総裁は大衆が「直接」選ぶわけではないから、大衆は好き勝手なことが言える。安定調整型を望んでも、その結果の内閣顔ぶれに批判を加えることなど「へ」でもない。
その上大衆は、小泉人気の05年の総選挙で、自分たちが「直接」圧勝させた自民党の議員たちの行動である、ということを忘れている。今回の安倍さんの辞任も、自分たちの選択が引き起こしたことであることを忘れている。

だから、大衆が不満をあらわにしたときにも、それを振り払ってなぎ倒して政治を進めていくことができるかどうかだ。なぎ倒された大衆は必ずや野党支持に回る。

そう考えると、大衆から選ばれた自民党議員たちが、談合だとかポスト期待だとか言われつつも、自らの意志で「雪崩れ」を起こし、自らの自民党政治をやろうとする行動とも言える。国民が圧倒的な支持で選んだ人たちなのだから、それはそれで正しい。
ただ、大衆がその行動を引き続き支持するかどうかは甚だ疑わしいので、自民党議員には十分注意してもらいたい。

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