竜樹※(土ヘンに具)の村で李氏と出会った。
元陽から山道をどんどんと下っていく。
山道からは視界一面に広がる棚田の海。
嗚呼、絶景かな。
途中、村のおばちゃんたちと出会った。
棚田の写真を撮りに来たのだというと、彼女たちは村の名士のところへ案内してくれた。
彼の名は李幕云(一番上)。
麦藁帽を被った人の良さそうなおじさんである(残りの二人は通りがかりの村人)。
私が棚田の話をすると、彼は自分も写真を撮るのが好きなのだと言う。
ぜひ、自分の撮った写真を見せたいので家に来てくれないかと言う。
埃っぽい部屋に案内された。
熱いお茶が出てきた。
啜る。
おいしい!
李氏は、奥から古ぼけたカメラと幾枚かの写真を持ってきた。
色褪せた写真に棚田が写っている。
李氏は、「これは自分の棚田だ」と言った。
片言の中国語と筆談で李氏とのんびり会話をしていると、元気な子供らが入ってきた。
愛嬌のある村の悪ガキたちだ。
見慣れない私のことを見て、面白がっている。
カメラを向けると、おどけたポーズを取ってくれた。
李氏と一緒に棚田へ向かう。
棚田には水が張られ、赤い苔に覆われていた。
李氏は棚田を誇らしげに指差し、「これは自分の田だ」と言った。
私はカメラを構え、棚田の写真を撮りはじめる。
李氏も横で写真を撮っている。
二人であぜ道をぶらぶらと歩き回りながら棚田の写真を撮り続けた。
今は田には何もないが、夏になれば山中の棚田が緑のじゅうたんで覆われるという。
そして、秋、収穫の季節には黄金色の稲穂が谷を埋め尽くすのだろう。
二人で棚田を撮り続けていると、遠くから太鼓を打ち鳴らす音が聴こえてくる。
音のほうに目をやると、村の中を人々が列を成して歩いているのが見えた。
「葬式だ」と李氏が言う。
しずしずと歩いてゆく葬式の行列。
鳥の声と風のざわめき以外何も聴こえない風景の中、ドーン、ドーンという太鼓の音が谷中に反響している。
間の伸びた太鼓の寂しげな音を聞きながら、私と李氏は、とぼとぼと歩く行列をいつまでもいつまでも、ぼんやりと眺め続けていた。
|
時がゆっくり流れていましたね。猿耳さんがそこにいらっしゃったのがなぜか不思議な感じです。
2006/9/16(土) 午後 0:21
桔梗さん、ほんと、のんびりした時間でした。自分でもこの場所に居たんだと思うと不思議な感じがします。また、行きたいです。
2006/9/16(土) 午後 4:31
のどかないい村ですね。悪ガキ君たちの笑顔もいいです^^。さるみみさんの文章から、棚田を静かに通り過ぎてゆくお葬式の様子が目に浮かぶようです。
2006/9/17(日) 午前 0:44
sophieさん、時が止まってしまっているかのような村でした。ここの暮らしは、何百年もあまり変わっていないのかもしれませんね。
2006/9/17(日) 午前 10:24
李さんは自分の棚田に誇りを持っているのですね♪さるみみさん中国語ができるなんてスゴイですね♪
[ mou*a*ue ]
2006/9/17(日) 午後 1:51
ピノコさん、中国語なんて全然できませんよ。筆談と片言と身振り手振りです。日本人同士でも全然通じ合わない人もいるけど、不思議と李さんとは意思の疎通ができて、気持ちも理解し合えているような感じでした。言葉がわからずとも、お互い理解しようと言う気持ちがあれば心も通じるものですね。
2006/9/17(日) 午後 3:14
ここまで詳細の撮影とエピソードがあると、何だか自分がそこにいる気分になります。撮影には感性とタイミングが重要だとつくづく思います。僕の場合は「あのとき、あの写真を撮っておけばよかった」という反省も多々あります。そういう意味では、撮影漏れがなさそうですね。
田園と共に生きる人々・・・本来人が幸せに生活をするって、こういうことのような気がします。自分の土地に誇りを持つ。自分も心を改めることがありそうです。
2008/5/12(月) 午前 1:33
黒丸さん、自分も撮影したシチュエーションを覚えていない写真が結構あるんです。ほんと、狙っているのではなく感覚で撮っているんですね。だから、あのとき、あの写真を撮っておけばよかったとは一度も思ったことがありません。
でも、ブログやると決めていたら料理とか笑えるネタ写真とかはもっと探せばいっぱい撮れた気がして惜しいです。
2008/5/12(月) 午後 11:02