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ロケット・スティーマーに乗り、美しい河を眺めながらこの国について考えます。

バングラデシュ。
この国の名を聞いてまず始めに頭に思い浮かぶ言葉、それは恐らく「貧困」という言葉なのではないでしょうか。

たぶん皆さんが想像されている通り、バングラデシュは世界最貧国のひとつです。
この国には多くの貧しい人たちが暮らしています。そして、国自体も世界中の国家やNGOなどの団体から多くの援助を受け、それが社会の中で大きな位置を占めています。

しかし、ここ東ベンガルの地が有史以来ずっと貧困に喘いでいたというわけではありません。ここはかつて、インド世界で最も豊かな土地として知られていた場所でもあるのです。

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ボッダ川(ガンジス川)の作り出す肥沃なデルタ地帯。
この川の恵みと緑の豊かさは、その当時から今に至るまで少しも変わるところはありません。
この美しい風景を見ればわかるように、ここは元来豊かな土地なのです。

にもかかわらず、この国の多くの人々は貧困に喘いでいます。
しかもその貧しさとは車や家電を買うことが出来ないという類の貧しさではなく、日々の糧を得るのも難しいというような切迫した貧しさなのです。


私は無限に広がっているかのように見える水と緑の風景を眺めながら不思議に思っていました。
なぜ、この国はこうまでして貧しいのか。。。

帰国後、私はバングラデシュという国について少し調べてみました。


話によるとバングラデシュが貧しくなってしまった一番の理由はイギリスの植民地支配であるそうです。
イギリスは自国の発展のために東ベンガルを搾取したのだといいます。

例えばイギリスは自国の綿製品の市場を確保するため、東ベンガル特産の最高級といわれた織物「ダッカモスリン」を壊滅させてしまいました。
イギリス産の粗悪な綿布を安い値で大量にばら撒き、技術者たちから仕事を奪い取ったのです。
その結果、ダッカモスリンを織ることの出来る技術者は絶滅してしまいました。

また、イギリスはベンガル人にジュート(黄麻)の栽培を強制させました。
これによって東ベンガルはイギリスの原料供給地とされてしまい、東ベンガルの産業構造はずたずたに破壊されてしまったのです。

この植民地支配約150年の間に、東ベンガルはうまい汁を全てイギリスに吸い取られてしまったのだと言えるでしょう。


イギリスから解放された後もこの国の受難は続きます。
東ベンガルは分断国家パキスタンの一部、東パキスタンとしてイギリスから独立しました。
しかし、東パキスタンとなった東ベンガルは今度は西パキスタンの原料供給地及び市場とされてしまいます。資本投下が全て西に集中してしまったのです。

そんな状況を憂えたベンガル人はパキスタンに対して再び独立戦争を起こしました。
そして1971年、ついに東ベンガルはパキスタンから独立し、新生国家バングラデシュが誕生します。

けれども、独立したはいいものの、資本蓄積もないバングラデシュは援助に頼るしかありませんでした。そして、その援助は現在に至るまで際限なく行われています。

しかし、外国からの援助がいくらなされてもバングラデシュが豊かになりそうな見込みはありませんでした。

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援助は国際情勢、援助する国の政府や企業の利害関係、援助される国の上層部や有力者たちの思惑により大きく阻害されるといいます。
この国ではイギリス時代と変わらず、未だに一部の者がうまい汁を吸う構造が根強く残っているのだそうです。

イギリスはこの地に近代的な土地の所有概念を持ち込みました。土地は領主のものとなり年貢は地代に変わります。それにより農民たちは土地無しの借地人という地位に落とされてしまいます。

そのうち農民の間で階層分化が進み貧富の差が激しくなります。また、外国からの援助は土地の有力者に抑えられてしまいます。
援助は外国と交渉する有力者に都合よくなされるため、本当に援助を必要としている者の手には行き渡らないのです。そして、皮肉なことに援助をすればするほど貧富の差はますます拡大していきます。


バングラデシュでは全人口の約76パーセント(1999年)が農村に暮らしているといいます。その多くが土地無しでギリギリの生活を送っているのだそうです。
ダッカを始めとした都会に出てゆく者も多く、リキシャを借りて日銭を稼ぎスラムに住んだり路上生活者となったりする人が大勢います。
ある統計によるとダッカの人口の3分の1はスラムで暮らしているのだそうです。

貧しい者はどこへ行っても抑圧される。事件や不正が起きても警察や裁判官は有力者の味方だし、貧者は泣き寝入りをするしかありません。病気になっても金がないため医者にかかることが出来ないし、教育についても貧しい人は多くを受けることができません。

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日本を始めとした国際社会は、金やモノを供与すればその国に援助をしたのだと自己満足してしまいがちです。
例えば先進諸国は途上国に大規模な施設を造ったり高価な作業機械などを送ったりしますが、そんな大規模な設備や機器を扱える人間は限られるし、先進諸国の技術が無ければメンテナンスもうまくいきません。

そんなものよりも貧しい村人たちが本当に欲しているのは、たいそうな技術や知識など必要のない個人レベルで扱える機器や設備なのです。
莫大なお金を使って農村に設備を造ったはいいものの、扱える技術者の不足により機械がほったらかしにされているという事例がいくつもあるそうです。
それにまた、高額な設備などを造ることによってその国は大きな負債を抱えてしまうという弊害もあります。

援助のやり方が間違っている。その国を自立させるような援助がこれまではなされてはいなかった。。。

本当に自分の子供を自立させたいと思う親なら、塾や習い事に通わせるなどといった将来の自立へと繋がる援助をするものです。ただ単に欲しがる物を与えるなどということをすれば子供は自立できません。国も人も同じだと思います。
自立して援助無しでもやっていける国を造る。そのための援助が必要であると思うのです。


こうした貧困から抜け出せないバングラデシュの救いようの無い状況。
それを変えようと一人のバングラデシュ人が立ち上がりました。
以前紹介したノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏です。

http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/29161380.html?p=1&pm=l

ユヌス氏は、そういった外国の援助に頼るだけでは貧困はなくならないと考えました。
彼は人々の自立を促すため、貧困者を対象に低金利の無担保融資をする「グラミン銀行」を立ち上げたのです。
彼は貧困を無くすためには人々が自立していくことが何よりも大事だと語っています。

長年続けられた先進国からの援助では全く変わらなかったバングラデシュの状況が、バングラデシュの人々自身の努力によって少しづつ変わろうとしています。

バングラデシュは政治的にも常に不安定さを抱え、毎年起こる水害など気候風土についても苛酷なものがあるため、貧困を撲滅するにはまだまだ長い年月が必要かとは思います。
けれども、このグラミン・プロジェクトという彼ら自身によって進められている自立への取り組みは、バングラデシュという国の将来に大きな希望を抱かせるものです。

あと50年後にこの国がどうなっているのか。そういった期待を抱かせる国にバングラデシュは変わってきているのです。

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緑に包まれた川を外輪船はゆっくりと航行していきます。

船旅は素晴らしいものでした。
慇懃すぎるところが玉にキズではあるけれども、船室係のオヤジは操舵室とエンジンルーム、そして、屋根の上にある見張り台まで見せてくれたし、船内で出される朝食のオムレツやディナーのカレーはとてもおいしかった。
雄大な風景を見ながら聴く音楽は心地よかったし、読んでいる本からふと顔を上げた時、目に飛び込んでくる降るような陽の光はこの上なく美しいものでした。


夜八時。船はバングラデシュ第3の町、クルナに到着しました。
オレンジ色の薄明かりに照らされたクルナの港。
その雑然とした風情が今でも目に焼きついています。

私は船を降りるとさっそくやって来たリキシャと交渉を始めました。
そのうち話がまとまり、私はリキシャの荷台に飛び乗ります。
運ちゃんがペダルをゆっくりと漕ぎ始めました。
そして、きらきらとしたベルの音を響かせながら、私たちは真っ黒な夜の闇の中に溶けるように入っていったのです。



この記事に

  • いつも 旅先の現地の様子を、それも 現実を記事にしてもらって なんというか これが世界なんですよね、こんなにインタ−が発達してやっと 我々人類はこうやって 現実を知るようになってきたと思う、だが 我々人類のなんというか 宿命はなかなか 代わらないなかなかね、へっ ちょっと なんか 考えてしまいました ハイ

    [ 建築や ]

    2007/3/16(金) 午後 11:03

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    建築やさん、おっしゃる通りですね。こうやってインターネット見ている我々とバングラの貧しい人たちのあまりの落差。考えてしまいますね。この格差はなかなか埋まらないんでしょうね。

    さるみみの見た世界

    2007/3/16(金) 午後 11:06

    返信する
  • 中学の英語の教科書に出ていた、ボランティアの心得として「1匹の魚をあげるのではなく、1本の釣竿をあげましょう」というのがあったのを覚えています。日本を含め先進国は現在の発展途上国を犠牲にして豊かになっていったのですよね・・・でも世界中の人がみんな欧米並みの豊かさを手に入れた時、地球環境はもたないそうです。みんなが平等に豊かさを手に入れるためには、目指す「豊かさ」の内容を変える必要があるのかもしれませんね。

    [ mou*a*ue ]

    2007/3/17(土) 午後 7:32

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    ピノコさん、おっしゃる通りです。ある程度、経済的に恩恵を受ければそれ以上は必要ない気がしますね。欲望のスパイラルに嵌まり込んじゃあいけないですよね。「1匹の魚をあげるのではなく、1本の釣竿をあげましょう」。よい言葉ですね。

    さるみみの見た世界

    2007/3/18(日) 午前 0:32

    返信する
  • 顔アイコン

    何とかダッカモスリンを復活させたいですね☆そして殆んど農民だから、第二次大戦後の日本のように土地改革をして農民に自分の土地を持たせないといけないですね。そのためにも政治家からホーチミンのような英雄が出て欲しい☆

    masao

    2007/3/24(土) 午後 9:09

    返信する
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    まさおさん、ムハマド・ユヌス氏が政界に進出するみたいですね。経済の専門家が政治でどこまでやれるのかは未知数ですが、期待したいです。

    さるみみの見た世界

    2007/3/25(日) 午前 7:33

    返信する

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