先日、NHKで再放送された「33カ国共同制作『民主主義』 欧州 デンマーク“風刺画事件を追って”」。
「表現の自由と宗教の尊重のどちらが大切か」という大問題をテーマとした、デンマークの監督によるドキュメンタリー作品です。
2005年、デンマークの高級紙「ユランズ・ポステン」は、イスラムにおいて、その表現が禁止されている、「ムハンマド」の風刺漫画を紙面に掲載しました。
イスラム教徒は、これに反発。世界中で抗議を行い、デンマーク製品の不買運動や通商の断絶が各国でなされ、ついには、暴動による死者も多数出るという問題にまで発展しました。
ユランズ・ポステンは、この掲載によって、「イスラム」を自主規制することの是非を問い、「表現の自由」という問題を提起する意図があったのだといいます。
けれども、その根底に、国内でますます増加していくイスラム教徒に対しての警戒感が潜んでいたことは否めません。
問題の風刺漫画は12点ありましたが、ムハンマドらしき人物の頭に爆弾が載っている作品を始め、イスラムに対して悪意のあるものが数多く含まれていました。
彼らは、この風刺漫画によってテロリスト呼ばわりされたようなもの。
怒るのも、もっともな話です。
ユランズ・ポステンも、あの風刺画がイスラム教徒の心を踏みにじり、世界中を巻き込む騒動となることは予想ができたはずです。
「表現の自由」を標榜した彼らですが、真にそれを目的として風刺画を掲載したのかは、とても疑わしい気がします。
現に、事件後、イランが「ホロコースト風刺画コンテスト」を開催し、ホロコースト風刺画を発表しましたが、結局、ユランズ・ポステンがそれを掲載することはありませんでした。
「表現の自由」という権利があるからと言って、何でもかんでも表現していいというものではありません。その表現によって人々が深く傷つき、憎しみの炎を燃え上がらせるということもあるのです。
しかし、にもかかわらず、私は「表現の自由」を法によって制限することは、あってはならないと考えています。検閲がなされ、それについて批判することができなくなる恐れがあるからです。
「絶対不可侵のもの」、「聖域を作り出すこと」は、とても危険なことです。
「表現の自由」という問題は、とても難しい問題です。宗教についてだけでなく、日本では天皇について。また、わいせつなものや犯罪を助長するもの、プライバシーを侵害するものを表現することが是か非か、という問題もあります。
人間として、悪意を持った表現を受け入れることができないのは当然のことですが、法によっていっぺんに規制されてしまうというのは危険です。
やはり、それぞれの自主規制、それぞれの事例に応じた審判をするということが最善なのではないか。
私は、そう思います。
(ちなみに、この回は、作者個人の疑問から出発している作品なので、全体的に欧州寄りの視点で作られている印象でした)
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PINKさん、なるほど、「デンマーク企業は『この新聞の政策に同意できないので、本誌への広告販売は一切しない』という公告もできた筈」。
彼らもホロコーストとのダブル・スタンダードはわかっているとは思うのですが、イスラムへの嫌悪感の方が勝ってしまっているのですかね。
そもそも、ユランズ・ポステンの動機も表現の自由というよりも、イスラムをやっつけたいという方が強かったような気がするんですね。
2008/1/8(火) 午後 11:35
ラキアさん、「それを口にするのは憚られる空気があった」
深刻ですね。恐らく、あの風刺画でのイスラムへの悪意というのは、イスラム教徒以外のデンマーク人の大方の考えを代弁しているものなのかもしれませんね。
不満の捌け口のひとつがイスラムバッシング。。。
インドでは、その捌け口(不可触民)をわざわざ作ることによって、社会を安定させてきましたが、捌け口にされた方はたまったもんじゃないです。
2008/1/8(火) 午後 11:41
メストさん、「異なる文化や考え方を尊重する空気」、なかなか生まれないですね。
いつの世でもそうかもしれないですけど。
でも、仏教とかヒンドゥーとか、そういうアジア的な思想の中には、そんな考え方があるような気がするんだけどな〜。
2008/1/8(火) 午後 11:45
日本も以前はインドと一緒で穢多・非人といった事が制度化されていました。これは明治以降も部落差別や同和問題として残りました。今も地方によってはあるのかもしれません。
私達はアホなので、どうしても勧善懲悪とか分かり易い構図で物事を理解した気分になりたがる習性があるのかもしれないと、最近思ってしまう事が度々あります。
「差別は良くない」という主張には誰しも賛成するけれど、具体的な事になると原理原則や教訓をそれこそ一瞬で忘れる。
最近悩ましい問題が多過ぎて嫌な気分になります。うーん。
[ hajmo_rakija ]
2008/1/9(水) 午前 1:38
ラキアさん、たぶん、分かり易い構図にした方が楽なのだと思います。考える必要がないですからね。
単純に悪と決め付ければ、その相手を批判し、攻撃すればいいわけですから簡単です。悪か善かはっきりしない人や国だと、批判するにも気を使う必要があるし、いろいろと考えなければなりません。
よく井戸端会議で、誰かに悪のレッテルを貼りたがる人がいますが、それは楽だからですよね。悪というレッテルを貼ると、その人については批判するだけでいいわけです。自分が攻撃される心配もなくなる。これは人だけでなく、国にも言えると思います。
みんな忙しいし、難しいことなんて考えたくない。白黒はっきりわかりやすく決めてもらいたい。そう思っている人が多い気がします。
小泉元首相が人気だったのは、改革に賛成か反対かというわかりやすくて、何も考えなくてもいいような話をポンポン出したから。
誰しもが面倒くさいことを考えたくないし、すっきりはっきりしたいけど、いや、まてよ?と思うこと、それが大事な気がします。
とにもかくにも、思考停止に陥らないことが肝心だと思います。
2008/1/9(水) 午後 11:40
全くその通りだと思います。
もう随分月日が経過しているのですが、こんな事が私の目の前でありました。旧ユーゴスラビア(現セルビア)が空爆されている頃に、大手のA日新聞の社会部編集局長はオフレコの会議で「セルビア人は殺戮の好きな民族だから・・・。」とサラリと言って退けたのです。その瞬間を私は今でも昨日の事のように記憶しています。日本のマスコミなんて所詮この程度の人間が記事を編集しているから、アベコベな情報を流し続けていても、全く心も痛まないし、そもそも感覚が麻痺しているのだと、その時にとても懐疑的な印象を日本のマスコミ自体に抱きました。一事が万事という諺が日本にはありますが、正にそれがこのケースに当て嵌まると思います。
どんな事にでも「一寸待てよ・・・。」と思う感覚はとても大事ですね。
[ hajmo_rakija ]
2008/1/10(木) 午後 10:06
ラキアさん、その発言はひどいですね。報道に携わる者がそんなことを言うなんて幻滅してしまいます。
その発言を聞いていた周りの人々の反応はどうだったのですか?
2008/1/11(金) 午前 0:27
黙っていました。
「そうなのか♪」と頷く人と反発を覚えた人がいたと思います。
前者のようなバカについて私は考えたくありません。
後者は、その偏見に既に疲れ果てていました。
アメリカ・EUの報道が常に100%コピーで入って来ていて、
旧ユーゴ関連のニュースは嘘が満載です。
(私のブログにも昔記事を書きました。)
[ hajmo_rakija ]
2008/1/11(金) 午前 4:04
ラキアさん、日本のマスコミってどうしてそうなのでしょうね。
ジャーナリスト的な思考よりも、サラリーマン的な思考をする方が生き残っていくことができるからなのでしょうか?
メディアは第4の権力であるといいますが、日本のメディアにはその役割はなさそうですね。
2008/1/11(金) 午後 9:07
読者がバカだから、マスコミもバカ向けの記事を書く。
この反省も必要だと思います。
勿論、政府・マスコミ・会社体質等を批判する事も大事ですが・・・。
例えば、Y売新聞等は思想にかなり偏りのある人物が経営者で、
自分独りで書いたかのような幼稚な学級新聞に
「アイツはバカだ。俺様の意見が正しいのだぁ!」
といった記事が結構頻繁に見受けられます。
あんなクズ新聞に対しては
読者は不買行動を起こすとか、
社員はマトモな記事を掲載したいとストするとか、
もっと日々の問題を他人事ではなく、
自分の事なのだと認識して日々行動する必要がある気がします。
理想ですが・・・。
現実は・・・。
例えば、我が家では父親がG軍ファンなので、
Y売を購読しています。
私はネット専門なので、新聞代は一切払いませんし、
殆ど手にも取りませんが。うーん。
[ hajmo_rakija ]
2008/1/11(金) 午後 11:26
ラキアさん、読者・視聴者とメディアは表裏一体ですよね。
特に大手のメディアは、人々が見たいものを見せようとするわけですから。同新聞は読んだことがないので、詳しいことはわかりませんが、いろんな方のブログやネットのニュースで見る限り、かなり偏っている印象ですね。
それと、近頃は専門家でもなんでもない、芸能人キャスターや芸能界のご意見番みたいな人が、社会問題を論じて、それに人々が乗っかっていってしまうような空気がありますね。
2008/1/12(土) 午後 9:00
私も全く猿耳さんと同意見です。確かに宗教的なものは非常にセンシティブですから、この一件のように表現の仕方で反発を招く危険性もありますが、法で規制するのはどうかと思います。表現の自由という大枠は設けておきながら個別に掲載・放送すべきか吟味・検討するべきでしょう。例えば「宗教的な表現は一切禁止」というような法規制は宗教的なことに限らず言いたいことが言えなくなる世の中に逆行する萌芽になりかねないのでやはり反対です。
2008/1/13(日) 午後 0:01
ナイス害さん、そうですね。法律で規制すると、あらゆることに適用されて、表現の自由が甚だしくなりそうで恐いです。
共謀罪なんかもそうですね。ある危惧のために作られた法律が、あらゆることに適用されてしまいそうです。
2008/1/14(月) 午前 0:06
メディアが芸能に乗っ取られ、則られ、法られる。洒落じゃなく、そういう傾向はあって、恐ろしい事だと思います。
最近、法律が言い訳・正当化のためだけに作られる事が多く、不健全だと思います。思想・原理原則というと訝しく感じる人達もいるかもしれませんが、そういう人達も少し考える努力を怠らずに、日々新しい法律が私達に牙を向かない様に気を付けないといけないし、法律ってそもそも何のためにあるのかも時々思い出さないといけないですね。私はそう考えます。
[ hajmo_rakija ]
2008/1/14(月) 午後 4:03
ラキアさん、「法律が言い訳・正当化のためだけに作られる事が多く」
私もそんな印象を受けます。
仰るとおり、日々提示される法律について理解することと、法とは何かを考えることも、確かに必要ですね。
2008/1/15(火) 午前 0:10
私もこの番組見ました。とても難しい問題でまだ意見が言えません。ラキアさん、「法律が言い訳・正当化のためだけに作られる事が多く」
私もそんな印象を受けます。
2008/2/1(金) 午前 1:25
MDSさん、ご訪問&コメント&TBありがとうございました。
これ以外の放送内容も素晴らしいものがありましたよね。
とても、考えさせられる企画でした。
2008/2/2(土) 午前 9:12
私も本件についてのニュースを見ました。表現の自由は確かに不可侵であるべきだと思います。
ですが、さるみみさんのおっしゃるように、何でもかんでも思ったことを世に出していい、ということではないと思います。
話は逸れますが最近の、特にネットでは匿名をいいことに言いたい放題、まるで毒の排出場と化している感じがあります。私自身、ついつい傲慢になりがちな性格のため、特にセンシティブな話題に際しては言葉や文章を発する前に、これを発言・発表することで誰かを傷つけないか、と少し間をとるようにしています。それでも行き違いが起こりますけどね。
2008/2/3(日) 午前 5:19
K3さん、私もK3さんと同じようなことを心掛けています。
文章だけだと、微妙なニュアンスが伝わらないこともあるので、注意が必要ですね。
ほんと、言いたい放題言う人がいますから、匿名というのも難しいですよね。
2008/2/3(日) 午後 1:11
フリースピーチと、対象となる国家・人種・宗教などのタブーは、誠に悩ましい。日本でも、相手が英国王室のダイアナさんなら、NHKのニュースですら、平気で取り上げるが、こと日本の皇室のことになると、自粛です。(雅子妃が東京駅で「税金ドロボー」とやじられたことも主要メディアでは一切取り上げない)
でも、やはり、フリースピーチは、かなりの重要度で尊重されなければなりません。
[ ブルー ]
2013/9/16(月) 午前 10:29