次に訪問したのが、「振福楼(ジェンフーロウ)」という土楼。
1912年に建造されたといわれる、3階建ての中型の円楼です。
南渓地区、下南渓村にあります。
右にいるのはバイタクの兄ちゃん。
振福楼の前にはあひるがたくさんおりました。
がぁーがぁーやっています。
何やっているんでしょうね!
振福楼の内部です。
左側の石の建造物は、祖堂。
その周りを住居部分が取り囲んでいます。
1階は台所と食堂、2階が倉庫、3階が居室になっているそうです。
上階部分から中心に建つ祖堂を眺めます。
この祖堂に祖先神が祀られています。
この振福楼は、蘇という一族の建物。
中心にあるご先祖様の存在こそが、円楼に住む一族を団結させていたのでしょうね。
土楼は外壁は土で造られていますが、それ以外はほぼ木造だそうです。
土楼は地震に強いことで有名で、夏は涼しく、冬は暖かい暮らしやすい建物だそうです。
土楼の中にもがちょうはたくさんいました。
がぁーがぁーやっていたのが印象に残っています。
振福楼は、蘇振泰という人が建てた土楼と言われています。
チャイナネットでは、蘇振泰氏について、次のような説明がなされています。
「この建物を建てたものである蘇振泰は貧しい農家に生まれ、私塾(昔の私立の学校)で勉強したことがあり、のちに葉タバコを刻むことを学び、後にタバコの販売を学び、広東、上海などで刻みタバコの商売で財をなし、この地相学上のすばらしい土地を選び、数万元の銀貨で振福楼を建てた。蘇振泰の子孫は多く、海外に住んでいる後裔は約100人もおり、その多くは専門家・学者であるということである。」(「チャイナネット」2008年11月10日)
現在では、ほとんどの人が台湾か香港に移住してしまったそうで、この振福楼に住むのは、一家族6,7人のみであるそうです。
1階の食堂の壁には家族の写真が飾られておりました。
古い写真から新しい写真まで。
歴史を感じますね。
ヨーロッパで撮影されたと思われる写真もあり、皆さん、海の向こうへと渡ってしまった様子がうかがえます。
振福楼で記憶に残っているのが、おばちゃん。
優しいニコニコ顔が印象的でした。
家族の写真の左側にあるのが、おばちゃんの写真です。
いずれにせよ、ここにいるのはおばちゃんだけ。
だけど、息子たちも時々、この故郷に帰ってくるのでしょうね。
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おばちゃんかなりボーイッシュですね。地震に強く、夏は涼しく、冬は暖かい!今度家建てることがあれば是非検討したいと思います。あひるさん平和〜♪どうでもよいことですが猫さんはいないのかな。
[ hig*ma7*p ]
2008/11/22(土) 午前 10:40
ひぐまさん、是非検討して、周りを威圧するようなすっごい家を建ててください!
猫もいたのかもしれないですが、記憶にはないですね。
2008/11/22(土) 午後 9:48
冬は暖かく夏は涼しく地震に強いって理想の建物ですね。
なんと現在は一家族だけがお住まいなんですか。おばちゃんも寂しいことでしょう…
ところでどうして蘇氏は海外移住している人が多いのでしょうか。
2008/11/29(土) 午前 10:41
ロータスさん、客家は昔から海外に多く進出しているようで、海外でのつては豊富なのだと思います。海外の方が経済的にいい暮らしができるからじゃないですかね?
2008/11/29(土) 午後 3:33
なるほど。つてがあると出て行きやすいですからね。私の知り合いで日本に来ているアジア人の人たちもみんなつてがあるから来ていますもん。
2008/11/29(土) 午後 8:34
ロータスさん、アジアの人は中国に限らず、地縁血縁の結びつきが強いですね。インドなんかは宗教による結びつきなのかもしれませんが。
2008/11/29(土) 午後 11:59