ムンバイ同時多発テロ
11月26日、インドのムンバイで同時多発テロが起こりました。
発生場所は、チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧ビクトリア・ターミナス駅)、オべロイ・トライデントホテル、タージマハル・ホテル、レオポルド・カフェ、カマ病院、ゴークルダース・テージパール病院、ムンバイ・ハバド・ハウスの7か所。
銃撃と爆弾によって183名が死亡、300名以上の負傷者を出しています。
事件を起こしたとされるのが、デカン・ムジャヒディンと名乗る組織で、電子メールによる犯行声明が報道機関に送られたそうですが、このグループの詳細は不明。
メディアの中には、これらのテロ攻撃をパキスタンに本拠を置くイスラム武装勢力ラシュカレトイバ(アルカイダとの関係が深い)によるものと報じておりますが、ラシュカトレイバは関与を否定しています。
また、インド政府は襲撃事件に関与したとしてパキスタンを非難しましたが、パキスタン政府は関与を否定。カシミール紛争という火種を抱えた両国の関係の悪化が懸念される状態となっています。
今回の事件は、テロの手口やユダヤ教会を襲撃したことなども含め、海外のイスラム過激派の関連があるものと考えられています。
けれども、インドではイスラムとヒンドゥーの対立が激しさを増しており、テロがいつ起こってもおかしくない状況と考えられていました。
イスラムとヒンドゥーの対立
インドでは、ヒンドゥー教徒が約74%、イスラムは約12%であり、イスラムは少数派です。
イスラムとヒンドゥーの対立はムガル帝国(イスラム王朝)時代からあったそうですが、その度合いが深まったのはイギリス植民地時代以降のこと。
イギリスは植民地時代当時、独立勢力の勢いを削ぐため、イスラムとヒンドゥー各勢力に対し、それぞれ違った政策を行い、イスラムとヒンドゥーの分断を図りました。
そのため、両者の溝は深まり、インドはイギリスから独立する際に、ヒンドゥーが多数を占めるインドと、イスラムが多数を占めるパキスタン(当時はバングラデシュもパキスタンの一部でした)に分断されて独立することとなったのです。
独立の際、インド国内のイスラム教徒がパキスタンへ、パキスタン国内のヒンドゥー教徒がインドへ大量に移住し、その過程で多くの虐殺が起こったのは有名な話。
また、この独立時にカシミール紛争の火種も生まれています(イスラム教徒が多数を占めるカシミールでしたが、藩王がヒンドゥーであったためインドへの帰属を決定しました。そのため、住民はパキスタンへの帰属を求めています)
カシミール紛争のこともあり、インドのヒンドゥー教徒はパキスタンに対して強い敵意を持っています。同時に国内のイスラム教徒に対しても敵意と反感を募らせており、イスラム教徒に対する迫害や敵視が至る所で表れているそうです(逆にバングラデシュやパキスタンでは両国での少数派であるヒンドゥー教徒に対する迫害や虐待が起こっています)。
911以降、その風潮はさらに加速しているようです。
マハトマ・ガンディーが最も憂慮していたのが、インドという国がイスラムとヒンドゥーによって分断されてしまうということでした。結局その不安は現実のものとなりました。
インド世界はガンディーの思い描いていた世界とは全く正反対の世界となってしまっているようです。
ヒンドゥー・ナショナリズム
インドでは、近年ヒンドゥー・ナショナリズムの勢いが増しており、国内のイスラムに対する反感が強まっているそうです。
1992年、インド北部のアヨ―ディヤーで、バーブリー・マスジッドというモスクがヒンドゥー過激派によって破壊されるという事件が起こりました。
アヨーディヤーのバーブリー・マスジッドは、ヒンドゥー叙事詩「ラーマーヤナ」の主人公であるラームの生誕地とされる場所に建てられていたモスクなのですが、ヒンドゥー過激派は、モスクを破壊してラームを讃える寺院を建て、聖地をイスラムの手から取り戻そうとしました。
この事件を主導した過激派は、RSS(民族奉仕団)というヒンドゥー至上主義組織から派生してできた、VHP(世界ヒンドゥー協会)という過激なヒンドゥー・ナショナリスト団体です。
彼らはイスラムとパキスタンに対し強い敵意を持っており、インドという国をイスラムを排したヒンドゥーの国にしようと考えています。
この考え方は、意外にも一般のヒンドゥー教徒の支持を受けているようで、1998年にはRSSから派生した政党であるBJP(インド人民党)が、アヨ―ディヤーでラーム寺院を建立することを公約に選挙で勝利して政権を奪取。首相にはRSSと関係が深いヴァジパイが就任しています(現在はBJPは2004年の総選挙で敗北し、インド国民会議を中心とした統一進歩連盟に政権を奪われています)。
BJPの母体である、このRSSという組織は、インド全土でヒンドゥー・ナショナリズムを草の根で啓蒙している団体です。
利己主義と金儲けばかり考える人ばかりが多くなったインドの現状を憂い、古来のヒンドゥー精神を呼び戻し、ヒンドゥーの文化や宗教を強化して国を統合することを目指しているのだそうです。
利己主義を憂いて古来のヒンドゥー精神を取り戻すという考え。
しかし、この中には、イスラムが存在できる余地はありません。RSSは、外来から来たイスラムはインドの子供ではないと考え、イスラムを攻撃し排除することはヒンドゥーにとってのダルマであり、インドという国にとっての義務であるとも考えているのです。
ここには様々な文化と共存しようという考え方はありません。
RSSは、シャーカーという末端組織をつくり、貧しい農村や都市の貧困地域で福祉活動などを行う傍ら、ヒンドゥー・ナショナリズムを人々に教育しているといいます。
それによって、多くの貧困層の支持を集めています。
またRSSには、イスラムに反感を持ったり、利己主義を憂うエリート層などにも多くの支持者がいるそうです。
しかし、インドは本来、「真理は遍く一つであり、宗教の違いは同じ真理の別の形での表れにすぎない」という伝統的な発想があるはずです。
なんだか、私から見るとRSSはインドの伝統や文化・精神などを標榜しながら、インドなるものと最もかけ離れたことをしているのではないかと思ってしまいます。
けれども、インドだけでなく、こうした過激なナショナリズムの流れが冷戦後、世界中で起こっているのが怖いですね。日本も例外ではありません。
違った考えを受け入れない。寛容な精神が失われている気がします。
参考:ヒンドゥー・ナショナリズム 中島岳志 中公新書
今回の事件は、イスラムとヒンドゥーの対立という側面は薄いのかもしれませんが、間違いなく今回の事件によってインド国内のイスラムに対する反感・敵意は強まる気がします。
そして、パキスタンに対しても敵意が増し、国家同士の関係でも悪い方向に向かいそうな気がします。
折しも、パキスタンではムシャラフ政権が崩壊し、国内のイスラム色が急速に強まっています。
また、アメリカはインドの核保有を事実上認めたためパキスタンの反発は必至。
オバマ政権もアフガンとパキスタンへの関与を強めると言っています。
南アジア、相当不安定になってきていますね。
ところで、テロの現場となった、CST駅、タージマハル・ホテル、レオポルド・カフェですが、私は行ったことがあります。
特にレオポルド・カフェは、映像を見て「あっ!」と思いました。
「レオポルド・スペシャルライス」というあんかけ炒飯風のライスを食べに何回かディナーをしたお店だったのです。
自分が行った場所であのような悲劇が起こったことはとても衝撃です。
けれども、それと同時に今後、インドのムスリムがどのような状況に置かれるかと考えると重い気分になってきてしまいました。
テロという行為はどんな理由があっても許されざるものであり、犯人には全く弁解の余地はありません。
だけど、犯人を糾弾ばかりしていてもどうしようもないわけで、彼らがなぜこのような事件を起こしたかを検証することが大切なことなんでしょうね。
とにもかくにも、あらゆる思想や文化を受け入れていくようなインドの懐の深さが私は好きなんですが、そういうのとかけ離れた方向に進んでいくのが、なんだか悲しいですね。
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こんな事件にはいつだって弱い人に犠牲が出る 民族紛争とは言え
だんだんエスカレートしてきている 連鎖的にテロがテロを呼ぶ危険な時代 注意深く世界情勢を見ていかないと お気楽日本は取り残されていく!
2008/11/30(日) 午後 8:57
みのさん、そうですね。
イデオロギーや宗教って、それを正当化してどんなひどいことでも出来てしまうのが怖いですよね。しかも、自分たちは正しいことをやっていると思いこんでいるというところが始末に負えません。
世の中世界中がリンクしてきていますからね。国内だけの考え方では通用しなくなっていますね。
2008/11/30(日) 午後 9:39
このテロはホテルや繁華街を狙ったテロと言う事で、又外国人の被害が出たと言う事でも、2002年のバリ島のテロを思い出させました。
メディアの報道がどうされるか?世界の動きに大きく影響が有ると思います。どんなに平等なメディアだとしても、支持する考えに傾いた報道はされると思いますので。
各国の頭の人たちが冷静で平等な考え方で、対処していただけたらと本気で思います。喧嘩両成敗。一番の元は何なのか?
これ以上、普通に平和に暮らしたいだけの人たちを巻き込まない為にも。祈らずに入られません。
2008/11/30(日) 午後 10:17
全く悩ましいですね。昔の歴史を紐解き、何所から問題が拗れたかをさるみみさんがご紹介してくれたように理解する事も、この国の問題を正確に把握する意味では必要ですが、哀しいがなそれを理解しても、問題の解消に繋げるのは難しく、一旦拗れると無制限に拗れていき、訳が分からなくなり、結局恨みだけが残る。言葉にすれば、下らないイデオロギーやナショナリズムではなく、目を覚まして隣人を愛する事から始めよう…と説いて、仮に世の中の全員がそれを受け入れてくれれば、問題は直ぐにでも解消するのでしょうが…。醜く変質した問題が、傍迷惑な形のままで日常生活にまで溶け込んでしまう。何とも考え込んでしまいます。
[ hajmo_rakija ]
2008/11/30(日) 午後 11:50
Bijouさん、おっしゃる通りメディアというのは公正中立なんていうのはないと思います。情報の発信やそれぞれの考え方がどうしても反映されるのでしょうし、どの地点を中立と判断するかも人それぞれだと思うからです。
だから、自分の立ち位置や考え方を表明した上でその事柄を報じるのは、例え偏った考えだったとしてもいいと思います(後は読者が判断すればいいこと)。だけど、あたかも自分の意見が公正中立であり、世間一般の常識であるかと思わせるような報じ方は、よくない気がします。
インドにも良識のある人がたくさんいると思うので、インドの将来を考えてなるべく偏らないで冷静に問題に対処していく流れが主流になると思うんですけどね。そして、テロリストもテロのおかげでますますムスリムの立場が苦境に陥るということを認識してもらいたいです。
2008/12/1(月) 午前 0:13
ラキアさん、ヒンドゥー・ナショナリズムの問題は、今回のテロとは別の根を持った問題なのかもしれませんが、インドのムスリムのことを考えて記事にしてしまいました。
宗教にはあれだけ寛容で多様性があるように見える多神教のインド世界でも、これだけ偏狭なナショナリズムが起こってしまう。
インドはカーストと宗教によってそれぞれの集団が分断されており、それぞれが自集団の利益を追求している感じです。
それを憂いてRSSはインドという国を一枚岩にしたがっているのですが、そうなると排他的で偏狭なナショナリズムに陥ってしまう。
難しいですね、インドって。
2008/12/1(月) 午前 0:22
「多数派」という言い方は、何と言うか乱暴な側面を持っていて、私達を盲目にする言葉の乱用だと思います。【悪い意思のある少数】が母集団を煽動するのに有効に働いてしまうのが、「多数派」という冠だと思います。
「隣人と仲良くしたいですか?それとも、啀み合いですか?」
こう問われれば、「啀み合いたい」と答える人は殆どいないです。
しかし、「啀み合うと、どういう訳か生活が楽になりますよ。今のままでは厳しい生活が続きますよ。」との形容が付くと、状況は変わって来ます。「あのグループではこういう意見を声高に叫ぶ人がいました。誰も反論しませんでした。だから、それが正しいのです。」長いものなのか、何なのか、それは分かりませんが、兎に角も巻かれてしまう。
最近こういう歪んだ問題があちこちで顕著に現れている気がします。それに対して私達は大変に残念ながら極めて無力です。ふぅむ。
[ hajmo_rakija ]
2008/12/1(月) 午前 6:32
ラキアさん、確かに「多数派」という言葉はそういう使われ方をされますね。
だけど、多数派はどうしても強くなるので少数派が脇に追いやられてしまうことは多いと思います。
少数派の人たちも、自分たちが満足できているならいくら扇動があったとしても相手にはしないと思うんですね。やはり扇動に乗ってしまうような彼らの境遇が改善されないとだめなんだと思います(もちろん、自らの利のために対立を煽る人々もいます)。
抑圧された人々は必ず暴発します。そして、そんな時、扇動者は彼らの不満を過激な思想へと変換させようとするんだと思います。
2008/12/2(火) 午後 11:36
内緒さん、イスラム教徒というだけで、色眼鏡で見られてしまう今の時代。つらいと思います。
イスラエルの問題やアフガンなど、イスラム教徒は近代以降抑圧されてきました。原理主義は昔からあったのでしょうが、このような抑圧を受けているからこそ多くの支持者を集め、その思想に共鳴し参加する人が絶えないのだと思います。
そして、その過激な行動は世界に強烈な印象を与え、一般の穏健なイスラム教徒までもが白い目で見られるようになってしまいましたね。
ほんと、心配ですね。
2008/12/2(火) 午後 11:44
全くその通りだと思います。
言葉遊びになるので恐縮ですが、さるみみさんの仰る少数派は人数的には圧倒的多数のはずですが、自民党のための選挙の仕組みの如く、少数が圧倒的多数を少数派に押し込める煽動の方法が色々と蔓延している事がとても怖いです。
また、さるみみさんの仰る「満足」を作り出そうとボランティア等を推奨しようとすると、また変な有象無象が出て来て、以前は無かった弊害を生み出したり、アメリカのようにロビー活動や内政干渉、もっと怖い活動に手を染めたりと、これまた巨大な矛盾が顔を覗かせて来る。:(((
一体どうしてなのでしょう?
色々な国であまり変な事が起こらず、皆が平和に暮らせれば一番良いですね。それを願うばかりです。
[ hajmo_rakija ]
2008/12/3(水) 午前 1:38
テロは反対ですが、一方、武力だけでなく、
貧困撲滅等といった支援もなければ、
テロはやめないでしょう。
タタ財閥があれだけになった理由の1つは
ゾロアスター教であり、その企業理念が
「高い企業倫理と寄付などを通じて多くの社会貢献する」ことだそうです。
インドはカースト制度、宗教対立等、重い課題を
つきつけられましたね♪
逆に、911で両親をなくしたりした
子どもたちが「隣人にやさしく接することで、
テロは少なくなるかもしれない」と
考えたようです。tbしますね♪
2008/12/4(木) 午前 5:54
交渉バトルで「ムカつくけど面白い」という味をしめたインド。
様々な階層の人間模様が入り混じり、如何なるときでも笑い飛ばしていたインド人。
テロという名の狂気が一段と深い溝を作ったのは言うまでもありませんが、あんなに面白かったインドが、負の連鎖に巻き込まれていく姿はとても痛々しいです。
でも破壊の後にはきっと再生の道もあるはず。
だってシヴァ神の祭られている国ですから。
もう一度インド人の笑顔が見たいです。
2008/12/5(金) 午後 10:33
ラキアさん、ネットというのはそういう傾向が強いと思います。
ネットの利用者はかなり多いですが、掲示板に書き込んだり、ブログなどで意見を主張している人は圧倒的多数ではないし、世代も偏りがあると思います。
他のメディアもそうですが、過激な意見や記事ほど注目を集めやすいし売れやすい。アクセスが増えやすいし掲示板ではレスが付きやすい(しかも、ネット上は匿名のことが多いので記事や主張がより過激になりがち)。
掲示板が盛り上がり、検索順位も上位になるため、その意見が主流であるかのように錯覚してしまいます。
「新聞や雑誌が言わないことを言う。ネットこそが真実を伝えている」と思ってしまうんです。
だけど、そういう過激な意見をアピールしようという人はいるだろうし、それも一つの意見であるし、それは見る側が判断すべきことです。とにかく一番問題なのは、ネット上の掲示板などでブームとなった責任を伴わない意見や主張を雑誌などのメディアが追認してしまうということだと思います。発信元のわからない負の意見や主張がメディアに追認され、世間に徐々に浸透していく。そういう危険性がネットには強いと思います。
2008/12/6(土) 午後 3:05
カイザーさん、TBありがとうございます!
社会貢献をする企業や個人は欧米や、たぶんインドなんかでもかなり社会から評価されますが、果たして日本はどうなんだろうかと考えてしまいます。
社会貢献をする企業や個人の絶対数自体が欧米に比べて少ないのかもしれませんが、そういった活動をしている者をあまり大々的に報じないし(日本人のおくゆかしさから貢献する者があまりアピールしたがらないということもあると思いますが)、「活動しています。支援してください」と積極的に前に出ていく者に対しては、冷めた目で見たりする、そんな空気があるように感じます。
海外で活動するボランティアやNGOなどに対しても、特にネット上では、否定的な見方や悪意を持った意見が多いですよね。
2008/12/6(土) 午後 3:15
黒丸さん、インドも、他の国も日本もそうだと思いますが、戦争やテロ、汚職や非人道的な行為をする人・団体・国家などについて、
・自らの利益のために悪意を持ってそれを行う場合(正義の仮面を被る場合も多々ある)
・自分たちは正義のため、社会のためにそれをしているのだと本気で信じ込んでいる(もしくは、無理に自分にそう思いこませている)
の2つがある気がします。
たちが悪いのは下の場合です。ポルポトとか文革なんかもそうだと思いますが、「国家のため」「理想のため」なら非人道的な行為も許される、もしくはそれが推奨され、正義となってしまう。
そして、その非人道的な行為に反対した者は、悪とされてしまう。
たぶん、テロリストも、ヒンドゥーナショナリスト集団もそうなのでしょうが、国家とか主義とか理想とか、形のないものを最上位に置くと、そういうことが起こる危険性があるような気がします。
2008/12/6(土) 午後 3:36
インドには、家族で近いうちに旅行に行きたいと思っていました。、、のでちょっとショックです。
もう少し様子を見る必要がありますね。
昔いったインドが懐かしいです。
[ アオキ・ママ ]
2008/12/7(日) 午前 2:45
青木ママさん、今後インドの情勢がどうなるのか不安ですね。
ヒンドゥーとイスラムの対立が激しくなってしまうのかもしれません。
2008/12/7(日) 午後 8:35