世界で最も美しい本、ベリー公のいとも豪華なる時祷書
世界で最も美しい本と言われる「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」をご紹介します。
「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」とは、ベリー公ジャン1世(1340ー1416)が、ランブール兄弟に制作させた美しい装飾写本のこと(羊皮紙206葉)。
国際ゴシックの傑作として知られ、装飾写本としては最も豪華なものとして有名です。
現在は、フランス中央部、シャンティイ城のコンデ美術館の図書館に収蔵されているそうです(非公開)。
ちなみに、「ベリー公」とは、フランス王族から称号を与えられた、フランス中央部のベリーを所領とした貴族のことを指し、そのベリー公の中でも特によく知られているのが、美術品の蒐集家や芸術家のパトロンでもあったジャン1世なのです。
なお、「装飾写本」とは、聖書に具象的な挿絵を入れるのではなく、テキストの頭文字を装飾したり文様を用いて装飾した写本のことで、代表的なものとしてケルトの装飾写本などがよく知られています。
「時祷書」とは、キリスト教徒が用いる聖務日課書で、祈祷文、賛歌、暦などからなる私的なものであるそうです。
この「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」は、美術史的に貴重な作品であるというだけでなく、当時の中世フランスの風俗を知る上でも貴重な資料であるとされています。
装飾写本
時祷書
ベリー公のいとも豪華なる時祷書
「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」の最初の部分は、1年を示す12枚のカレンダーと、そのカレンダーを装飾する12枚のミニアチュールによって構成されています。
画像は、そのミニアチュール部分。
左上から、2月、4月、6月、10月の挿絵です(他の季節は↓リンクのサイトを見てください。)。
2月は、田舎の冬の農民の様子。4月は、春の到来と王子の婚約指輪の交換場面。
6月は、刈り入れの様子(右後ろに見えるのは、パリのサント・シャぺル)。
10月は、種蒔きの様子(後ろの城館は、ルーブル宮)。
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
これは、カレンダーの最後にある「占星学的人体」の図です。
当時の医学では、人体の各部は天体十二宮(黄道帯、ゾディアック)の各星座に繋がっていると考えられていました。
宇宙を表したアーモンド形の枠の星座と、人体に描かれた星座が、マクロとミクロの相関関係を表現しているのだそうです。
「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」には、このカレンダー以外にもたくさんの美しいページがあります。
また、ベリー公は、この作品以外にも「ベリー公の美わしき時祷書」(メトロポリタン美術館所蔵)、「ベリー公のいとも美わしき聖母時祷書」(トリノ市立図書館とパリ国立図書館に分蔵)など、6部以上の時祷書を制作させています。
その見事さにため息がでる「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」
けれども、この制作を依頼したジャン1世という人物には、問題がありました。
彼は、美術品の蒐集家で芸術家のパトロンでもあったと述べましたが、コレクションに厖大な財産を投じるあまり、ベリー公領はフランス中で最も税が重い地域になり、さらにジャン1世の歿後相当な額の負債が残されたのだそうです(Wikipedia参照)。
まったく、困った方ですね、ジャン1世。
ここの住民たちはたまったものじゃあありません。
ところで、この写本が生まれたヨーロッパ中世という時代。
どういう時代だったのでしょうか。
Wikipediaによると、中世ヨーロッパは以下の区分に分けられるそうです。
・ゲルマン人の侵入からマジャール人、ノルマン人の侵入が収まるまでの中世初期(Early、500年頃 - 1000年)
・十字軍により西欧が拡大し、汎ヨーロッパ的な権力を巡り教皇権が皇帝権や王権と抗争する中世盛期(High、1000年 - 1300年)
・ルネサンスや百年戦争の混乱から絶対王制に向かう中世終期(Last、1300年 - 1500年頃)
この絵が描かれた当時、フランスとイギリスは、百年戦争(1337年 - 1453年)という混乱のさ中にありました。
ペストが大流行したのもこの頃で、ヨーロッパの全人口の3分の1、2000万〜3000万の人が亡くなったとされています。
文化的には、古代ギリシャ・ローマの文化が衰退し、ゲルマンの文化が支配する時代でした(後世の歴史家によってこの時代は「暗黒時代」だと考えられてきましたが、新たな文化も少なからず生み出されていたようで、現在では「暗黒時代」という考え方は否定されつつあるようです)。
なお、当時の世界の先進地域は、イスラム世界でした。西ヨーロッパは、ビザンツ帝国(東ローマ)やイスラム世界に文化面・経済面においても大きく後れをとっていました。
社会は、封建制度と農奴制によって成り立っていました。
封建制度とは、土地を媒介とした国王・領主・家臣の間の緩い主従関係により形成される制度で、農奴制とは、封建主義のもとで農民に自由意志を持たせず拘束する制度のことです。
また、都市では徒弟制度という厳格な身分制度があり、職業別組合である「ギルド」がありました。
宗教は、ほぼ全員がカトリックを信仰しており、カトリック教会と違った考え方を持つ者に対しては、「異端審問」という裁判が行われていました。また、そもそもキリスト教を信仰していない者は、魔女の烙印が押され、「魔女狩り」として民衆に裁かれ処刑が行われました。
一般の民衆の多くが文字を書くことも読むこともできず、聖書はラテン語のみで、印刷技術も生まれていないので、キリスト教の教えはもっぱら、教会で聖職者から話を聞くことでしか得られませんでした。
中世ヨーロッパとは、そんな時代です。
それにしても、ヨーロッパ中世って、遠い国の遥か昔の時代なのに、なんだか現代の日本人にも馴染みがあるような気がしますね。
王冠を被った王様がいて、ドレスのお姫様がいて、かぎ鼻の魔女がいて、ドラゴンがいて、白亜の城が聳え立っている、そんなイメージの世界。
きっと、子供の頃から、白雪姫やシンデレラ、グリム童話などに接してきたからなのでしょうね。
それに、ドラゴンクエストやナウシカなどもヨーロッパ中世的世界が舞台となっていますし。
日本人のくせに、日本の中世よりも西洋の中世の方がイメージしやすいというのも、何だかおかしな気がしますけどね〜。
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この挿絵、何処かで観た覚えがあります。何処でだったか。。。
蔵書というのは、権威の象徴でもありますよね。
面白く読ませて頂きました。ぽち☆です。
2009/3/8(日) 午前 10:28
この緻密で美しい絵柄。先日江戸時代の日本の名画百選、という主旨のNHKの番組を観ましたが、それと比べると西洋はやはり日本とは全く違う精神世界があるんだなと思わされます。
ヨーロッパの中世というと浮かんでくるのは、これ、高校の世界史の先生から聞いたのですが・・・トイレのことです。パリの街(だけではないと思いますが)、では下水道が完備されておらず、人々は窓から壺に入れた糞尿をぶちまけていたという。。。
本当なのかどうなのか。ベルサイユ宮殿にもトイレが殆ど無く、皆庭で用を足していたとか。
それまできらびやかなイメージをもっていたのに、それを聞いてショックでした(笑)。
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2009/3/8(日) 午前 11:54
紫桜さん、ぽち☆ありがとうございます!
個人的趣味のために民衆はたまったものではありませんが、これが制作されたことで、私たちは当時の様子をしることができるんですけどね。
2009/3/8(日) 午後 6:51
ノアローさん、ヴェルサイユ宮殿は17世紀なので中世からはずっと後のものです。けれども、17世紀もそうだったってことは、中世はもっとひどかったんでしょうね〜。
近世のヨーロッパの話だと、ほんとかどうかわかりませんが、ハイヒールも汚物を踏まないためで、傘も汚物を避けるため、香水も風呂にあまり入らない人々の臭い消しのため生まれたという話がありますね〜。
2009/3/8(日) 午後 6:55
これ世界史の教科書に載ってました〜
でも中世のヨーロッパの様子を紹介するために載せてあって、これがなんなのかはまったく知りませんでした☆
暗黒時代、安全なのは自分たちの村や街の中だけ・・・怖い外の世界をいろいろと想像した結果、いろんなおとぎ話が生まれたのかもしれませんね☆
[ モチコ ]
2009/3/8(日) 午後 11:30
モチ子さん、世界史の教科書に載ってましたね〜。
村や街の外は盗賊やら野犬やらいただろうし、実際に怖いところだったんでしょうね。グリム童話とか、中世の民話や童話って、かなり興味深い話が多いですよね。
2009/3/8(日) 午後 11:45
この「占星学的人体」の図にあるふたご座は男女で書かれていますね。ふたご座ってカストルとボルックスではなかったのですか?
[ アンポ ]
2011/1/3(月) 午後 10:39
アンポさん、ご訪問&コメントありがとうございます。
私もその理由はわかりません。
2011/1/5(水) 午前 0:00